小学校の国語の教科書に掲載されている、立松和平さんの『海の命』を読んだ経験がある人もいるでしょう。
物語で強い印象を残す魚が「クエ」です。主人公・太一の父は「瀬の主」と呼ばれる大きなクエを捕ろうとして、命を落とします。その後、太一も海中で大魚と向き合うことになります。
ところで、このクエは実際にはどのような魚なのでしょうか。『海の命』での描かれ方を入口に、実際のクエの大きさや生息場所などを見ていきます。
『海の命』に登場する「瀬の主」はクエ
『海の命』に登場するクエは、物語の展開に深く関わる魚です。
教科書を刊行する光村図書の説明によると、主人公・太一の父は代々続く潜り漁師。しかし、「瀬の主」である大きなクエを捕ろうとして亡くなります。
やがて一人前の漁師になった太一は、父が亡くなった瀬へ潜り、穴の奥に大魚を見つけます。父を破ったクエかもしれない魚です。
しかし、太一はその大魚と対峙するなかで、捕らえることをやめます。光村図書の作品紹介でも、太一が大魚を「この海の命」だと思う場面が物語の重要な部分として示されています。
実在するクエの生態を調べると、なぜ「瀬の主」としてクエが描かれているのか、また違った角度から作品を楽しめます。
クエは1メートルにも達する大型のハタ類
クエ(Epinephelus bruneus)は、ハタ類のなかでも大型になる魚です。
水産総合研究センターの研究論文によると、本州中部以南から東シナ海に分布し、沿岸の岩礁域に生息するとされています。
そして、成長すると全長1メートルに達することもあるそうです。
クエ(提供:PhotoAC)1メートルといえば、なかなかの大きさ。そう考えると、『海の命』でクエが「瀬の主」として描かれていることにも、どこか納得できるものがあります。
もちろん、物語に登場する大魚と現実のクエを、そのまま重ねることはできません。
それでも実際の生態を知ってから作品を読み返すと、「瀬の主」の姿を以前より具体的に思い浮かべられるかもしれません。
岩礁域に暮らすクエ 物語との共通点も
クエが暮らす場所を知ると、『海の命』の描写にも少し違った見方ができます。
実際のクエが生息しているのは、沿岸の岩礁域です。
では、物語ではどうでしょうか。
一人前の漁師になった太一は、父が命を落とした瀬へ潜ります。そこで目にしたのが、穴の奥にいる大魚でした。
岩場で暮らす現実のクエと、穴の奥に潜む物語の大魚。両者には重なる部分が見えてきます。
クエ(提供:PhotoAC)とはいえ、『海の命』は魚の生態を解説する作品ではありません。作中の描写が、生物学的な特徴をそのまま表しているとは言い切れないでしょう。
それでもクエの生息環境を知っていれば、太一が海へ潜った場面や、岩場に潜む「瀬の主」の姿をより具体的に思い浮かべられるのではないでしょうか。
クエは成長に時間がかかる魚
クエは養殖研究も行われていますが、成長には時間がかかるようです。
水産総合研究センターの研究では、クエは冬の低水温期になると成長が停滞するため、養殖環境では出荷サイズになるまで3年以上の飼育期間を必要とするとされています(井上誠章ほか「クエ Epinephelus bruneus 稚魚の成長に及ぼす飼育塩分の影響」2015年)。また、別の研究では、飼育水温が18℃を下回るとクエの摂餌量が急激に減少することも示されました(井上誠章ほか「低水温期におけるクエとマハタの成長量および摂餌量の変化」2014年)。
これらは飼育環境下で行われた研究であり、『海の命』に登場する大魚の年齢や成長速度を、この研究結果から推定することはできません。
それでも、物語で圧倒的な存在として描かれるクエが、実際にも大型になる魚だと知ると、作品の印象が少し変わってくるかもしれません。
物語を通して生き物を見つめる
『海の命』を読んで、「瀬の主」はいったいどんな魚なのだろうと思った人もいるかもしれません。
物語に登場するクエは、もちろん実在する魚です。
クエの特徴を知ると、作中で太一が向き合った大魚の姿も、少し想像しやすくなるのではないでしょうか。
もちろん、文学の世界と実際の生態を同じものとして考えることはできません。けれども、教科書をきっかけに「クエ」という魚そのものへ目を向けてみるのも面白いものです。
『海の命』をもう一度開いたとき、以前とは少し違った海の景色が見えてくるかもしれません。
(サカナトライター:原田大樹)
参考文献
中川雅弘・堀田卓朗・吉田一範・服部圭太(2011)「配合飼料の給餌量の違いがクエ Epinephelus bruneus 種苗の成長と生残に及ぼす影響」『水産増殖』59巻4号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/81/5/81_15-00016/_article/-char/ja/