人とは別の世界──水の中にすむ魚たち。古くから食卓を彩り、祝いの席で親しまれてきたほか、釣ったり、飼ったり、観察したり、研究したりと、私たちと魚との関わり方は、実にさまざまです。
別世界に生きる彼らとの出会いは、私たちに何をもたらしてきたのでしょうか。連載「魚が教えてくれたこと」では、魚と深く関わってきた方たちに、思い出深い魚との出会いや、そこから得た気づきを綴っていただきます。
今回は、宮崎県の水辺などで多様な魚を調査・研究する緒方悠輝也さんに、アカメについてご寄稿いただきました。
網の中に、陽の光でギラっと輝く紅い眼が見えたとき、思わず「うわっ」と声が出る──小学生の中学年のころ、宮崎県と高知県にしかいないアカメという魚がいることを知った。
それは宮崎県を流れる大淀川の自然や生き物について紹介する、大淀川学習館という施設でのことだった。そこには大きな水槽があり、ゆうに1メートルを超えていそうなアカメが数匹いたのを覚えている。少し薄暗いその水槽の隅の方でみなが固まっていて、こちらをじっと見ていた。
眼の合う角度によっては、本種の名前の由来である紅い眼が妖しく煌めく。
それまでにほかの水族館で、サメ類やハタ類、ピラルクーなどのもっと大きい魚は見てきたが、そのどれよりも近寄りがたく、でも遠目でずっと見たくなるような魅力を感じた。
アカメは宮崎県でも大淀川が主な生息域として書かれることが多く、幼少期から大淀川の感潮域(海の満ち引きの影響を受ける場所)を遊び場としていた僕にとって、いつかは自分でも採ってみたい憧れの魚だった。
中高生のとき、放課後に網とバケツを持って足しげくそこへ通ったが、「幻の魚」や「怪魚」と謳われるだけあって、結局出会うことないまま時間が過ぎていく。
高校3年生で九州にある生き物を扱う大学のオープンキャンパスに行った。そのころは何の生き物の専門家になりたいかで決めきれていなかった。昆虫や両生類、爬虫類の研究の道も考えていた。
そうこうしているうちにあっという間に受験が近づいたが、2歳下の弟が「宮崎大の農学部、魚の研究やってるよ」と教えてくれた。
その言葉をきっかけに調べてみると、アカメを研究している岩槻幸雄教授の存在を知り、あんなにも悩んでいたのが嘘かのように進路を即決した。
アカメの幼魚に出会う
宮崎大学では3年生から研究室配属があり、本格的に研究が始まる。それまでの2年間で、とりわけ楽しかったのが岩槻先生の魚類分類に関する講義だった。当然、この先生のもとで研究するつもりでいた。
ところが、蓋を開けてみると興味を惹かれたのは、新任で着任した村瀬敦宣先生の研究だった。配属先には村瀬研究室を希望し、晴れて1期生となった。
そこで魚類標本の収集の重要性を学び、県内のありとあらゆる水辺を奔走し、魚集めに没頭した。
3年生になり研究室に配属され、いよいよいろいろな魚を標本にできるようになり、時間を見つけては採集をしていた。
その日は釣り仲間で魚が大好きな後輩と、講義の合間に大学近くの川の河口へ向かった。
初夏の快晴の日の昼間でかなり潮が引いており、普段は濁って見えない場所に青々とした海草がたくさん生えていた。幼少期からの勘で真っ先にそこで網を振りに行った。
一振り。
水から上げた網の中で、何かが暴れている。海草をどかすと、ギラっと紅いものが見えた。
これが、人生で初の自分で採集したアカメだった。うれしくて、何度も写真を撮った。
かつて水族館で見た大型の個体とは全く異なり、黄色~黄金色に暗褐色の模様が入っている。
人生で初めて手にしたアカメの幼魚。2016年5月(撮影:緒方悠輝也)もちろん図鑑などで目にしたことはあったが、陽の光を受けたその模様は本当に美しかった。喜々として村瀬先生に連絡したが、返ってきたのはアカメに関する注意事項だった。
実は2006年から、宮崎県では条例により、本種の採集等が禁止になっていた。村瀬先生があらかじめ僕を含むメンバーで本種の正式な採集許可を県知事から得ていたので、この水系での採集等は可能であったが、採集時には全く気に留めていなかった。手の中の喜びが少し醒めたが、勉強になった瞬間だ。
最終的にこの個体は先生に標本にしてもらった。想像していたよりもずっと美しく、いつか自分でも標本にしたいと思った。そして、許可が無くても自由に採集できるようになってほしいと思った。
釣りで出会った大型個体
その後も宮崎県内で水辺を走り回るうちに、県内でのアカメの個体数がここ最近で増えていることや、彼らの好む環境がどのような場所かが分かってきた。大型の個体にも出会ってみたいと思うようになった。
あるとき、投網で魚調査しているときに、そこそこのサイズのセスジボラが手に入った。昔は大きなアカメが良く釣れていたと聞いたことがある場所で、幸いにも採集許可を得ていた。
ふと、このボラを泳がせればアカメが釣れるのではと思い立つ。
少しの月あかりが、まばらな雲の間から時折差す以外、ほとんど真っ暗だった。目が慣れてきたころ突然、「バコン」と音がしたと同時に、水面が割れた。
大きな道具が水に落ちたのかと疑うくらいに大きな音。その後しばらくして、置いていた釣竿が一気に曲がる。
慌てて合わせると、「ドスン」と重みがのった。ところが次の瞬間、ぷつんとラインが切れた。
それ以降、調査の一環でこの場所を何度か訪れていると、一緒に調査していた後輩がようやく1メートルのアカメを釣り上げた。このアカメはあまり黒ずんでおらず、光の角度によってスミレのような薄い紫の光沢が現れる、銀白色~金色の体をしていたことに驚いた。
光の角度で眼は紅く光り、体はスミレ色の光沢が現れる。2022年8月(撮影:緒方悠輝也)自分ではまだその大きさを手にすることはできていない。宮崎県沿岸にいる、最大サイズのアカメをいつかは記録したい。
憧れの魚を未来へ残すために
2023年にはそれまで捕まえたアカメの標本や、写真のみ撮れた個体などの情報を基に、県内での本種の確認地点に関する報告を書いた。アカメに関して小さいながらも研究報告ができたのは、幼少期からの夢が1つ叶った瞬間で、報告が出版されたときは本当にうれしかった。
アカメが宮崎県の「指定希少野生動植物」に指定され、今年でちょうど20年が経った。
いまでこそ調査で出会うことは増えたが、毎回その美しさに感動できる魚だ。この美しさが後世にも残り続けてほしいし、もっと多くの市民の方に知ってもらいたい。
そのためにも、アカメをはじめとする魚や、それらが生き続けられる水辺の良さが伝わるよう、今後も活動を続けていきたい。

おがた・ゆきや●博士(農学)。現在、宮崎大学農学部と神奈川県立生命の星・地球博物館で非常勤の研究員を務める。
日本列島の汽水域における魚類の分布の総括を行いながら、宮崎県の水辺で多様な魚を調査。多くの漁師や釣り人と協力しながら標本収集に取り組んでいる。