「冬眠」という言葉は、誰しもが聞いたことがあるのではないでしょうか。
この生態は読んで字のごとく、生き物たちが冬に活動を停止する行動であり、冬眠する生物としてヒグマやシマリスなどが知られています。
一方、この冬眠とは逆の「夏眠(かみん)」を行う生物もいるのを知っていますか?
資源が減少したイカナゴ
海には夏に活動を停止し、ほとんど餌を食べずに休眠する「夏眠」を行う生物がいます。
それがイカナゴです。本種は砂底に生息する小型の魚で、古くから日本の食卓に欠かせない魚として利用されていきました。
イカナゴのくぎ煮は日本の郷土料理として知られるほか、古くはイカナゴを使った魚醤もあったといいます。
いかなごのくぎ煮(提供:PhotoAC)これらの料理・調味料はイカナゴを大量に使うことから、昔はそれほどたくさんイカナゴが獲れていたということでしょう。
また、イカナゴは中型・大型魚の餌資源としても重要な魚であり、本種の生態を理解することの意義は大きいとされています。
しかし、近年はイカナゴの記録的な不漁が各地で続いており、愛知県と三重県では10年ほど前から禁漁を余儀なくされてるのが現状です。
イカナゴの生活史
イカナゴの生活史はまず冬に卵が孵化するところから始まります。その後、春にかけて餌を食べつつ成長しますが、夏になると砂に潜りほとんど餌を食べなくなるようです。
これは夏眠と呼ばれる生態であり、夏の水温が上昇する時期に始まり、約6ヶ月間も潜砂を続けるといいます。
また、非夏眠期のイカナゴは朝に砂から出て摂餌し、暗くなると砂に潜るといった1日を送っていますが、夏眠の6ヶ月間では遊泳や摂餌行動が消失することが分かっています。
しかし、この夏眠に関してはまだ謎が多く、この生態がどのようにして引き起こされるのか分かっていませんでした。
そこで、北里大学の阿見彌典子准教授らから成る研究グループは、イカナゴを小型水槽で長期飼育。本種の生態を観察し夏眠の謎を解き明かしました。
イカナゴの夏眠
夏眠は夏期に開始される特徴を持つものの、この休眠期間の開始時と終了時では水温に大きな違いがあることが分かっています。
そうしたことから、研究グループは夏眠が水温の変化に依存した休眠でないと考え、イカナゴを夏眠しない時期の低水温で飼育を実施。その結果、低水温で飼育されたイカナゴは、自然と同じ条件の個体とほぼ同時に夏眠を開始しています。
この先行研究により、夏眠の開始が水温のような外的要因ではなく内的要因が強く影響していることが示されたのです。
イカナゴ(提供:PhotoAC)しかし、このように低水温でも遊泳や摂餌行動が失われ、夏眠が開始されたと判断されるものの、自然環境下での夏眠とは異なる可能性も見出されています。
2025年10月11日に「Journal of Ethology」に掲載された論文(Temporal swimming impairment during estivation in western sand lance Ammodytes japonicus)では、この低水温での夏眠と自然環境での夏眠の違いを明らかにすべく行動指標の特定。この指標をもとに異なる条件で潜砂を続ける個体の比較が行われました。
夏眠期は遊泳能力が失われる?
まず、非夏眠期のイカナゴは夜間に潜砂をしますが、砂から取り出すとしばらく泳ぐことが分かっています。一方、昼夜問わず砂に潜っている夏眠期ではどうなのかは不明でした。
そこで、研究では非夏眠期(5月)と夏眠期(10月)の日中にイカナゴを砂から取り出し観察を実施。その結果、非夏眠期はか活発に遊泳した一方で、夏眠期の個体は底で横たわっていたそうです。
この時、鰓は正常に動いていたこと、遊泳する能力が喪失していることが明らかになりました。また、この状態を TSI(一時的な遊泳能力の喪失)と定義しています。
夏眠には深さがあることが判明
非夏眠期と夏眠期を網羅的に観察した結果では自然水温において、8月~10月にほとんどの個体がTSIを示すことが判明。一方、11月以降は砂の中に留まっていたものの、遊泳能力は回復していたといいます。
このTSIの発生する期間について研究グループは「深い夏眠」、対して遊泳できるものの潜砂を続ける期間を「浅い夏眠」と定義しました。これによりイカナゴの夏眠は深い夏眠から浅い夏眠へと変化することがわかったのです。
また、低水温一定においても7月末に遊泳個体がいなくなったものの、TSIを示す個体はほとんどいなかったとか。これは夏眠と異なる夏眠様と考えられ、「夏眠に類似した状態」と定義されています。
これらのことから、遊泳行動は夏季に失われるものの、遊泳能力自体は高水温により喪失することがわかったのです。
資源回復に貢献
このように、近年の研究によりイカナゴの夏眠に関する知見が蓄積されており、最新の研究では夏眠の深さの違いが発見されました。今後の研究ではイカナゴの夏眠がどのようにして進化したのか、生態学的意義を追求することが目標とされています。
夏眠の研究を含め、イカナゴに関する調査・研究は数多く行われてきました。こられの研究成果がイカナゴの資源回復の取り組みを支える柱となるでしょう。
(サカナト編集部)