筆者の趣味は読書であるが、中でも好きな作家に宮沢賢治がいる。
宮沢賢治は東北、岩手出身の作家で、詩『春と修羅』や童話『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』など独特な幻想的名作を短い生涯の中でたくさん遺した。『雨ニモマケズ』などは教科書で習い知っている方も多いはずである。
宮沢賢治の作品にはさまざまな動物が登場するが、海の生き物、特に棘皮動物がしばしば象徴的に描かれる。今回は宮沢賢治の作品に登場する棘皮動物について紹介していこう。
棘皮動物とは
宮沢賢治の作品に触れる前に、棘皮動物とはどんな動物かをおさらいしておこう。
棘皮動物には主にウニ、ヒトデ、ナマコ、クモヒトデ、ウミユリなどが含まれる。五放射相称という特異な形態を持ち、体の表面を硬い骨格や棘で覆っている(ナマコには骨片という骨格が体内に分散して存在している)。また、死後も骨格が残ることから化石として残りやすい動物でもある。
賢治は周囲から「石っこ賢さん」と呼ばれるほど鉱物に詳しく、その収集を趣味としていた。また、農学校の教師でもあったため、生物学には明るかった。これらのことから、賢治と棘皮動物との距離は決して遠くなかったことが分かるだろう。
次項から、賢治の作品に登場する棘皮動物を実際に見ていこう。
賢治の作品に登場する「ウニ」
賢治の詩集『春と修羅』の序文には、ウニが登場する。
「これらについて人や銀河や修羅や海胆は/宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら/それぞれ新鮮な本体論もかんがえませうが/それらも畢竟こゝろのひとつの風物です」(宮沢賢治『春と修羅』より)
この序文の中で海胆(ウニ)は、「人や銀河や修羅」といった存在とともに、万物を代表するもののひとつとして挙げられている。「塩水を呼吸」とは、明らかに海胆に充てられた言葉であろう。
ウニを含む棘皮動物は血管系が退化しており、その代わりに水管系という、海水を取り込んで吐き出す構造が発達している。賢治はそのことを知っていて詩に盛り込んだのかもしれない。
賢治の作品に登場する「ヒトデ」
『双子の星』は、空の水晶のお宮にすむ双子の星、チュンセ童子とポウセ童子を主人公とした童話である。ふたりは空の「星めぐりの歌」に合わせて一晩中笛を吹くという役目があるが、ある日悪い彗星に騙されて海に落とされてしまう。
「するとすぐ足もとで星の形で赤い光の小さなひとでが申しました。」
「お前さんたちはどこの海の人たちですか。お前さんたちは青いひとでのしるしをつけていますね。」ポウセ童子が云いました。
「私らはひとでではありません。星ですよ。」
するとひとでが怒って云いました。
「何だと。星だって。ひとではもとはみんな星さ。(後略)」(宮沢賢治『双子の星』より)
「双子の星」では、海にいるひとでは皆罪を犯して落とされてしまった星たちのなれの果ての姿として、きわめて悪い性格に描かれている。
物語の後半では、童子たちは海蛇によって助け出され、無事に天へと帰ることができた。
賢治作品に登場する「ナマコ」
先述の作品『双子の星』のラストシーンである。
「『あいつはなまこになりますよ。』と竜巻がしずかに云いました。」(宮沢賢治『双子の星』より)
童子たちを天に送り届ける竜巻が、彼らをいじめた彗星が罰を受け海に沈んでいく様を見ながら発した言葉に「なまこ」という形容が登場する。罪を犯した星が「ひとで」になるのであれば、「なまこ」はもっとひどい末路なのだろう。
別の賢治の作品にも、ナマコを用いた表現はしばしば登場する。
「まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。」(宮沢賢治『なめとこ山の熊』より)
「それから新鮮なそらの海鼠の匂」(宮沢賢治『真空溶媒』、『春と修羅』収録より)
いずれもわざわざ形容としてナマコを用いていることから、賢治のナマコへの強い関心がうかがえる。
棘皮動物に惹かれた宮沢賢治
賢治の作品に登場する棘皮動物、ウニ、ヒトデ、ナマコについて紹介した。
賢治は海から遠い農村の出身だが、しばしば棘皮動物をモチーフとして作品に登場させる。棘皮動物は五放射相称のからだをもっていたり、あまり動かず海底で泥を食んでいたりと、どこか美しさや哲学的な生物群である。
そんな棘皮動物に、ロマンチストの賢治が惹かれたのは当然なのかもしれない。
(サカナトライター:宇佐見ふみしげ)