かつて秋田県の田沢湖にのみ生息し、1940年を境に自然界から姿を消したはずの幻の魚<クニマス>。絶滅したと信じられていたこの魚が70年の時を経て、遠く離れた山梨県の西湖で再発見を果たしました。
いったい、なぜクニマスは絶滅を免れることができたのでしょうか。
クニマスの生態
深い湖底を悠然と泳ぐ、日本の固有種・クニマス。本種はサケ科に分類される淡水魚で、美しい灰黒色の体色が特徴です。
クニマスは、美しい灰黒色の体色と白色の筋肉を持ち、成魚になると全長40センチメートルほどに達します。また、産卵は湧水のある湖底で行われるため、鳥などの天敵に狙われる恐れがなく、ゆっくりとした動きが特徴的です。
クニマス(撮影:魚屋天然堂/撮影場所:クニマス展示館)クニマスの祖先は、陸封型のベニザケ(ヒメマス)とされ、川を遡上したある個体群が、何らかの理由で生息場所を閉ざされた結果、独自の進化を遂げたと考えられています(中坊徹次『絶滅魚クニマスの発見―私たちは「この種」から何を学ぶか―』)。
成魚は全長40センチメートルほどに達し、産卵場所は湧水のある湖底です。そのため、鳥などの天敵に狙われる恐れがありません。遊泳する姿は悠然としており、クニマスの威厳をも感じさせます。
田沢湖から姿を消したクニマス
かつて、クニマスが生息していたのは、秋田県の田沢湖でした。
田沢湖は日本で最も深い湖であり、水深は423.4メートルに達します。湖底で産卵を行うクニマスにとって、この湖は理想的な環境だったのです。
秋田県田沢湖(提供:PhotoAC)しかし、1940年に国が進める水力発電事業の一環として、田沢湖の湖水を発電用水に使用することが決定。その際、近くを流れる玉川から田沢湖に水を引き、これが強酸性の川水であったことから、クニマスは絶滅してしまいました。
遠く離れた西湖で見つかったクニマス
クニマスが姿を消して70年が経った2010年、なんと秋田県田沢湖から遠く離れた山梨県西湖でクニマスが再び発見されたのです。
いったいなぜ、クニマスは遠く離れた湖で見つかったのでしょうか。
山梨県西湖(提供:PhotoAC)その背景には、1930年ごろに農林省水産局(現在の農林水産省水産庁)が推進していた、サケ・マスの孵化放流事業が関係しています。当時、サケ・マスの卵は全国に移植されており、クニマスもその対象として各地の湖へ運ばれました。
つまり、放流された湖のひとつ、山梨県の西湖に移植された個体群が、奇跡的に絶滅を逃れることができたのです。
山梨県西湖のほとりにあるクニマス展示館(撮影:魚屋天然堂/撮影場所:クニマス展示館)また、再発見までに70年もの歳月を要したのは、クニマスの生息する水層が深く、放流後の姿を追うことができなかったことが原因と考えられています。
実際、西湖では地元漁師の間で「クロマス」と呼ばれ、クニマスであるとは誰も気づかなかったのです。
まだどこかにいるかもしれない
農林省水産局が推し進めた孵化放流事業によって、意図せず奇跡的に絶滅から逃れたクニマスですが、放流先はもちろん西湖ひとつだけではありませんでした。
しかし、現時点でクニマスの生存が確認されているのは、山梨県西湖だけです。
これは、西湖の水深と湧水のある湖底が、クニマスの産卵条件と奇跡的に合致したためと考えられています。他の湖は、水深が浅く、遊泳能力の乏しいクニマスの生存には不利な環境だったのでしょう。
しかし、当時の放流先に関する詳しい資料は少なく、もしかするとまだどこか深い湖底を純粋なクニマスが悠然と漂っているのかもしれません。そう考えると、何だか冒険心をくすぐられます。
(サカナトライター:山本敬太)