川魚であるニジマスを海で育てるとサーモンになる——そう聞いても、にわかには信じがたいかもしれません。
しかし、スーパーや回転寿司で私たちが口にしている「サーモン」の多くは、まさにそのニジマスを海水で養殖したものです。
兵庫県姫路市の家島諸島で育つ「白鷺サーモン」も、その一種。川と海のあいだにまたがる不思議な生態を、この白鷺サーモンを入り口に探ってみましょう。
ニジマスはなぜ海で生きられるの?
ニジマスの原産地は、北アメリカ大陸の太平洋側です。
日本へは1877(明治10)年、アメリカ・カリフォルニア州産の卵が持ち込まれたのが最初とされており、食用や養殖を目的として各地へ広まっていきました。
もともと淡水で暮らす魚が、なぜ海でも生きていけるのか——その答えは、サケ・マス類が備えている体の仕組みにあります。
ニジマス(提供:PhotoAC)海の水と川の水では、塩分の濃さがまったく異なります。海水魚と淡水魚がそれぞれの環境で生きていられるのは、体内の水分や塩分のバランスを自力で整える「浸透圧調節」の能力を持っているからです。
サケやマスの仲間の多くは、成長するなかで「スモルト化(銀化)」と呼ばれる体の変化を経験します。
これはえらや腎臓の機能が切り替わる現象で、この変化が起きた個体は海水のなかでも浸透圧を調節できるようになり、川から海へと生活の場を移すことができます(水産庁「サーモン養殖をめぐる状況」)。
トラウトサーモンとサーモンは別の魚?
スーパーの鮮魚コーナーで見かける「サーモン」には、大きく分けてアトランティックサーモン(タイセイヨウサケ)とトラウトサーモン(サーモントラウト)の2種類があります。
アトランティックサーモンはSalmo属の魚で、主にノルウェーやチリで養殖されています。
一方、トラウトサーモンはニジマス(学名:Oncorhynchus mykiss)を海水で育てたもので、ニジマスは1988年以降タイヘイヨウサケ属(Oncorhynchus属)に再分類されており、両者は異なる属に属します(農林水産省「魚介類の名称のガイドライン」)。
トラウトサーモン(提供:PhotoAC)つまりトラウトサーモンは、「サーモン」という名前がついているものの、実はマスの仲間なのです。
農林水産省の「魚介類の名称のガイドライン」では、海面養殖されたニジマスを「トラウトサーモン」と表記できると定められており、流通上の呼称として広く使われています。
白鷺サーモンはこのトラウトサーモンにあたり、家島諸島西島沖の専用いけすで、稚魚から約6カ月かけて育て上げられます。養殖管理下で育つため寄生虫の心配がなく、刺身など生食で楽しめる点も特徴のひとつです。
冬にしか食べられない理由 高水温という壁
白鷺サーモンは冬にしか食べられません。それはなぜなのでしょうか。
その答えを探ると、サーモンという魚の弱点にたどり着きます。寒い海のイメージが強いサーモンですが、実は水温が上がると途端に弱ってしまう、暑さに不向きな魚なのです。
夏の瀬戸内海は水温が高くなるため、どうしても養殖できる時期が限られてしまいます。白鷺サーモンが冬の到来とともに姿を現し、春が終わるころにはまた姿を消す——そのサイクルは、海という自然の環境が決めているものです。
ところが近年、その「海の都合」が少しずつ変わりはじめています。
2026年3月に気象庁が公表したところでは、日本近海の海面水温はここ100年で1.36℃上がっており、世界平均の上昇ペース(0.63℃/100年)を大きく上回っています(海面水温の長期変化傾向(日本近海)-気象庁 2026年3月発表)。
海が温かくなる時期が早まり、冷たくなる時期が遅れれば、養殖できる季節の窓口はじわじわと狭まっていきます。
いまは「冬から春の味」として親しまれている白鷺サーモンが、将来どんな顔を見せるのか。海水温の行方は、この魚の未来とも無縁ではありません。
サーモンが食卓に運ばれてくる背景を見つめ直す
川魚のニジマスが海水に適応し、サーモンとして食卓に届く——その背景には、スモルト化という体の仕組みと、養殖技術の積み重ねがありました。
白鷺サーモンは、そのプロセスを家島諸島という瀬戸内の環境のなかで丁寧に実現したトラウトサーモンです。
次にサーモンを口にするとき、それがどんな魚でどこで育ったのかに思いを巡らせてみると、見慣れた食材がまた少し違って見えてくるかもしれません。
(サカナト編集部)