水族館の人気ものというとイルカやペンギンといったイメージも強いが、サメ人気も侮れない。サメに関する本を探してみても、アカデミックからサブカルチャーまで幅広く刊行されているし、〈サメ映画〉という特定のジャンルも存在する。
なぜサメはこれほどまで人を惹きつけるのか──。
サメの飼育種類数日本一というアクアワールド茨城県大洗水族館の飼育員、徳永幸太郎さんにお話をうかがい、サメ展示の様子、大きなニュースとなったシロワニの繁殖、そしてサメ人気についての見解など、語っていただいた。
アクアワールド・大洗で魚類展示を担当
もともと幼い頃から海や川など自然と関わるような環境にいて、休みのたびに友達と、いわゆる野生児的な遊び方をしていました。水中の世界に魅力を感じて、いずれは水棲生物に関するお仕事をしていきたいなと、漠然と思うようになりました。
大学もやはり魚に関わるところを選びました。海洋生物学という分野なんですけど、そこで私は特にアユに興味を持ち、その生態の研究をして、大学院まで進みました。
就職をするとき、ぜひ自分の学んできた専門的な知識を活かして、世間の多くのお客様と感動を共有したいと考えるようになりまして、それができるのはやはり水族館でした。文化的、教育的な施設でもある水族館というところの最前線で働けないかということで。そのとき、たまたまアクアワールド・大洗の募集があって、無事に入ることができました。
アクアワールド・大洗に入社したのは、2005年の4月ですから、勤め始めてから、かれこれ20年弱になります。
入社してすぐ、魚類展示課といって主に魚を飼育する部署に配属されました。それは希望の通りでしたね。その後、イルカやアシカのトレーナーをする機会もありましたが、基本的にはずっと飼育の仕事をしています。
アクアワールド・大洗とサメ
大洗は海が近く、その海には昔からサメが多く見られる海域でした。
大洗の海は本当に生きものが豊かで、北からの寒流と南からの暖流がぶつかる潮目と呼ばれる海域が存在して、多くの魚が泳いでいます。それを捕食するサメも多く集まってくるんです。
以前からサメは見られていましたが、当館は2002年にリニューアルオープンをして、名称も〈海のこどもの国大洗水族館〉から、〈アクアワールド茨城県大洗水族館〉となりました。
リニューアルをするにあたり、「今度は何をメインに打ち出していこう」といった話し合いがあった中で、大洗の近海に見られるサメに焦点を当て、サメに特化した水族館としていくことになりました。ですから、シンボルマークもサメがデザインされています。

現在[※取材は2023年2月に実施。以下の種類数はすべて取材時のもの]、アクアワールド・大洗では60種類のサメを飼育しています。その中で展示をしているのが53種類です。
展示をしていないサメについては、やはり水槽に入れる種類の組み合わせの関係もあります。全部同じ水槽に入れてしまうと、力関係が変わってしまって、やられてしまう種類も出てしまいますから。その辺は水槽の様子を見ながら、裏でデビューを待っているようなサメたちもいます。
これらのサメがどうやって集められたかというと、まず地元で採れるサメは、漁師から連絡をもらって我々が確保に行ったりします。場合によっては、漁師さんの船に乗りこんで、水揚げされる網に入り込んできたものを我々が採集するということもありますね。
繁殖に関しては、かなり力を入れている方だと思います。だいたいの数字ですが、全体の3割弱くらいのサメについては一度は繁殖に成功したんじゃないかと。
どうしても身近なところで採取できない珍しいサメについては、業者からの情報を頼りに買付という形で購入することもあります。やはり全国でもまだ飼育されていないようなサメであれば、ぜひうちに導入したいと思いますし、あまり生態が知られていない、珍しい深海性のサメなど、飼育にチャレンジにしたいサメもいます。
今、アクアワールド・大洗にいる中では、シュモクザメの仲間のボンネットヘッドシャーク、ヨーロッパに分布するスムーズハウンド、アメリカのドチザメの仲間でレパードシャークなどは、とても珍しいと思いますね。
数が多いと、いろんなサメを一つの水槽に入れていくわけですが、その組み合わせを考えるのは、悩ましいところです。できれば大きな水槽にたくさんのサメを入れて、お客様に見ていただきたいんですけど、やはり体の大きなサメは力が強いので、小さなサメを傷つけてしまうことが考えられます。
またサメの種類によって、生息している水温帯がまったく違ったりするので、同じ水温帯のサメを集めなければならなかったり。そういった組み合わせを考えないといけないですね。
「大丈夫だろう」と思って同じ水槽に入れたとしても、例えば飼育員が投げた餌を食べるとき、餌の競り合いをして、その結果餌と間違えて咬まれてしまったこともあります。ですから大きさだけでなく、餌の取り合いをするような関係じゃないかも、気を付けないといけません。
餌についてですが、小型のサメに対してはやはり餌も小さくしています。基本的に使っている餌はアジ、イカ、エビ、あとカタクチイワシです。
アクアワールド・大洗で飼育している一番体の大きなサメがシロワニです。シロワニに対しては、大きさ約20センチほどある丸ごとのアジを、そのまま水面から下に落とすようにしています。それに対して、生まれて間もない小さなサメには、アジを三枚おろしにしてから、さらに小さくサイコロ状にして、場合によってはその餌を給餌棒の先につけて、口元まで持っていって食べさせます。
種類や大きさによって給餌の方法が変わるわけですが、60種類ほどのサメ全部に、それぞれの大きさに合った餌を用意してあげていくのは、非常に大変な作業です。ただ、やはりそれをしなければ、目が行き届かなくなり、どんどん痩せてしまったり、弱ってしまったりしますからね。午後になると、チームで手分けをしながら何時間もかけて各水槽のサメたちに餌をやっています。
深海性のサメの場合は、あまり強い光を当ててしまうと衰弱してしまいます。目が敏感なものですから。そういうサメがいる水槽は、光を極限まで落として、真っ暗に近いぐらいの環境を作ることが重要です。シロワニの子どもも、実は強い光が苦手なようで落ち着きを失ってしまうこともありますから、光を調整して、落ち着く照度まで落としています。
あと、つるの付いた卵を産むようなサメもいるのですが、その卵は通常だと海藻などに巻きつける習性があったりします。水槽の中で卵を産んでも大丈夫なように、作り物の海藻をたくさん水槽に入れて、繁殖しやすい環境を整えたりしていますね。運が良ければ、卵が海藻についているところを見られるかもしれません。
シロワニの繁殖
先ほど繁殖に力を入れているという話がありましたが、もちろん私がゼロから始めたわけではなくて、先代の担当者が試行錯誤して試験飼育してきたことの積み重ねがあります。水槽の環境をいろいろ変えてみるとか、そういう取り組み方を20年以上続けてきました。
シロワニの飼育に関しては20年ほど前に始めていますが、その当初から担当チームは、繁殖をさせようとさまざまな試行錯誤をしてきました。積み重ねの結果、現在のいろいろな成功につながっている、という感じです。
私としても印象に残っている繁殖といえばやはりシロワニです。
先輩方が努力を重ねてきたサメなので、ぜひ「私が担当している間に繁殖させたい」という強い気持ちを持って、担当していました。

やはり最初は繁殖の気配がまったくなかったんですね。今までやってきたことに何かひと工夫を加える必要があるんじゃないかと考えるようになりました。そんな中、シロワニを飼育する水族館が集まって、小笠原諸島の野生のシロワニ調査をする機会があり、私も参加することができました。
注目したのは、やはり小笠原の自然です。それまで年間を通して水槽の水温を多少は変化させていたんですけど、小笠原の海で肌身で感じた温度を鑑みて、さらにダイナミックな変化をつけたところ、その2年後でしたね、繁殖に成功することができました。その水温変化が直接の原因かどうかはまだ分からないんですけど、今までやってきたことに一つ変化を加えたのは事実で、結果的に繁殖成功につながったという感じですね。
交尾した後、少しずつお腹が大きくなってきたメスのシロワニがいたのですが、それだけで妊娠確定ではないんです。太ってきただけかもしれないし、受精していない卵をお腹の中に溜め込んでいるだけかもしれない。
しばらくの間、ひたすらシロワニのお腹の観察を続けて、ある日お腹が動いているのを発見することができました。「シロワニのお腹の中に赤ちゃんがいるぞ」と。それで妊娠確定でした。
あの胎動を見たときは、自分でも心臓が飛び出るくらい嬉しかったです。同時に「これはもう大変なことになるんじゃないか」という緊張感も覚えました。
それ以降の生まれるまでの4ヶ月間は、出産に備えてほぼ24時間体制で観察していきました。シロワニの妊娠期間は約1年なのですが、実際に生まれるのに15ヶ月ほどかかってしまいました。今まで知られていた情報よりもずっと長い期間がかかりましたが、その間もみんなで水槽の前に張りついてじっと様子をうかがっていました。すごい緊張感が続いていましたが、「絶対に成功させる」という気持ちはみんな持っていましたね。
結果として無事に生まれてくれましたが、今度は育成に関する情報もほとんど出回っていないし、海外でもあまり例がなくて、やはり試行錯誤がありました。これまでにシロワニの繁殖に成功したのは海外の4つの水族館だけで、国内では初めてです。
ですから積極的に海外の水族館とコンタクトをとって、育成に関する情報を収集していきました。すべてが初めてのことでしたが、本当に貴重な体験になりました。
アクアワールド・大洗で人気のサメ
単純に人気のあるサメということでは、やはり頭の形が特徴的なシュモクザメの仲間でしょうか。
図鑑もたくさん出ているし、最近の子どもたちはサメのことをよく知ってるんですよね。「ハンマーヘッドシャークだ!」と言って喜んでくれます。うちでも展示は欠かさないようにしているサメですね。ノコギリザメも、頭の先がノコギリ状になっていて形が面白いので、人気がありますね。
サメはサカナの中でも人気が高いですが、その理由としては、怖いというイメージがポイントになっていると思います。人間というのは「怖いもの見たさ」みたいな性質を持っていて、例えば表紙に恐ろしいサメが口を開けたような本があると、ついつい手に取ってしまうんじゃないかと。
また、海洋の生態系の中ではトップに近い位置にいますよね。トッププレデターと言いますか、頂点に立つ存在なので、まずその時点で魅力があるというか、心惹かれるものがあるのかもしれません。
水族館でサメを見るときのポイントですが、私が個人的に見てほしいのは餌やりの時間です。
サメのイメージというと、一般のお客様からすると、どうしても「人を襲う怖い生きもの」なんですよね。ですが、実は多くのサメはそういうことがなくて、非常に穏やかで優しい。どちらかというと神経質な生きものなんです。そういった性格は、特に餌やりのときに表れます。
一番大きなシロワニなんて顔つきはすごく怖いんですけど、餌を食べるときは周りのサメを気にしながら、順番を守るように横取りしないように食べるので、とても行儀が良く見えます。底に落ちた餌を静かに拾って食べたりもしていて、見た目とのギャップがまた面白いです。
サメの動きをずっと見ていても飽きませんね。ずっと動き回っているサメもいるし、動くことなくじっとしているサメもいます。遊泳のため非常に滑らかにゆったり泳ぐサメなんかは、時間を忘れてしまうぐらい魅入ってしまいます。砂地に身を隠し、どこにいるか分からないサメもいるので、謎解きのように探して回るのも楽しいですね。
それからアクアワールド・大洗では生きものの展示だけではなく、サメの研究分野にもしっかり取り組んでいます。先ほどのシロワニのような繁殖研究についても展示しているので、ぜひ見ていってください。
サメというサカナが、まだまだ謎の多い生きものなんだなと、感じてほしいですね。
【プロフィール】
とくなが・こうたろう:アクアワールド茨城県大洗水族館魚類展示課所属の飼育員。絶滅危惧種であるシロワニの飼育担当になり、2021年に国内で初めて飼育下での繁殖を成功させ、大きな注目を浴びる。論文の発表や地元の学校での特別授業など、研究・教育分野にも参加。
※本記事は2023年5月発売の書籍『水族館人 これまで見てきた景色が変わる15のストーリー』から抜粋したものです。ウェブへの転載にあたり、読みやすいように一部改行などを加えています。
(サカナト編集部)