フエフキダイ科の魚は多くの種がインド~中央太平洋の熱帯・亜熱帯海域に生息していますが、一部の種は日本の本州~九州沿岸においてもよく見られます。
今回ご紹介するイトフエフキは小型種でありますが、夜、防波堤などからのぶっこみ釣りではしばしば釣れる魚であり、西日本の太平洋岸ではおなじみの魚のひとつともいえます。
今回はこのイトフエフキの紹介と、ほかの小型フエフキダイ科・フエフキダイ属魚類との見分け方をご紹介します。
温帯にも多いイトフエフキ
イトフエフキ(Lethrinus genivittatus Valenciennes,1830)はフエフキダイ科フエフキダイ属の海水魚です。
東インド洋から西太平洋の熱帯および亜熱帯の浅い海に見られ、熱帯性と言ってよいのかもしれませんが、伊豆半島、紀伊半島、四国南部の沿岸においてもごく普通に見られ、温帯にもよく適応している種と言えそうです。一方、琉球列島においてはほかのフエフキダイより少ないような気がします。

三重県で釣れたイトフエフキの幼魚(サカナトライター:椎名まさと)
フエフキダイ科の魚は熱帯性のものが多く、温帯(九州以北)で普通にみられる種というのは案外少ないものです。このイトフエフキのほかに温帯域に多いのはフエフキダイ属のハマフエフキ、フエフキダイ、メイチダイ属のメイチダイくらいです。
英語名は主に“Longspine emperor(ロングスパインエンペラー )”と呼ばれています。ロングスパインというのは「長い棘」という意味で、後述する本種の大きな特徴に由来するものと思われます。Emperorというのは「皇帝」のことで、またフエフキダイ属を指す英語名として使われています。
たしかに品がある色彩や風格をしているように見えます。
イトフエフキと他のフエフキダイを見分ける

体高が低いフエフキダイ属の一種、ミンサーフエフキ(撮影:椎名まさと)
イトフエフキはハマフエフキなどほかのフエフキダイ科・フエフキダイ属魚類の幼魚とよく似ており、またアミフエフキやミンサーフエフキなど、ほかの体高の低いフエフキダイ属魚類と間違えられることもしばしばあります。
しかし以下の点でほかのフエフキダイ属魚類と見分けられます。

イトフエフキの背鰭棘は通常第2棘が最長。しかも伸長する(撮影:椎名まさと)
まずイトフエフキは背鰭の中で第2棘(上写真、黒い矢印)が最長になります(ただし背鰭第2棘と第3棘の両方が長く伸び、第3棘が最長の個体もいるよう)。

イトフエフキの幼魚。分かりにくいが背鰭第2棘が最長。幼魚では棘はあまり伸びない(提供:椎名まさと)
そのほかのフエフキダイ属魚類は背鰭第2棘が最長になることがないので見分けることができます。英語のロングスパインエンペラーというのもおそらくこの特徴に因んだものではないかと思われます。

ミンサーフエフキの背鰭棘は成魚でも伸長せず、第3棘が最長(提供:椎名まさと)
同じフエフキダイ属の中でも、イトフエフキ同様に小型種で体高の低いアミフエフキやホソフエフキ、ミンサーフエフキなどとは、胸鰭内側に小さな鱗が多数あることでも見分けられます。

イトフエフキの胸鰭内側。見えにくいが鱗がある(撮影:椎名まさと)
アミフエフキやホソフエフキ、ミンサーフエフキといった種では胸鰭内側に小さな鱗がほとんどないので容易に見分けることができます。もちろん背鰭棘の長さでも見分けることができます。

ミンサーフエフキの胸鰭内側。鱗がない(撮影:椎名まさと)
体側前半には黒色斑が入りますが、ほかのフエフキダイ属魚類においても同様の特徴を有するものがいるので注意が必要です。腹部には黄色の太い縦帯が出ることもあり、そのようなものはタテシマフエフキと間違えられることもあります。
斑紋の有無などはあまり見分けるのに役にはたたず、背鰭棘の長さであるとか、胸鰭基部内側の鱗の有無などを見るのが確実と言えるでしょう。
イトフエフキを食する

イトフエフキの塩焼き。美味しい(撮影:椎名まさと)
イトフエフキはフエフキダイ科としては小さく、全長25センチほどです。しかしハマフエフキほどは大きくないのですが、おいしい魚で刺身や塩焼き、煮つけなどさまざまな料理に向いています。
魚屋さんではあまり見ることもなく、魚市場においても他魚の混じりによって見る程度で、あまり重要視されていない感じがあるイトフエフキですが、夜の投げ釣りにおいてはしばしば釣れる魚です。ぜひとも食べてみてください。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
中坊徹次(2013)、日本産魚類検索 全種の同定 第三版、東海大学出版会
下瀬 環(2021)、沖縄さかな図鑑、沖縄タイムス社、208pp.