先日、愛知県にある名古屋港水族館でシャチの公開トレーニングを見ました。シャチ本来の生態や能力について、飼育員による詳しい解説とともに観察できるものです。
その中で、「シャチはアザラシやイルカ、クジラも食べてしまう」という解説がありました。しかし、名古屋港水族館では、シャチとイルカが同じプールで過ごし、トレーニングも一緒に行っています。
ではなぜ、名古屋港水族館の飼育下においては、シャチがイルカを襲わないのでしょうか。
シャチの食性と生活様式
シャチは世界中の海に分布しており、生物学的な分類としては1種とされています。
一方で、生息地や食性などによっていくつかのタイプに分けられることがあり、一般的には、生活様式の違いから3つのタイプに分類されています。
(提供:PhotoAC)定住する<レジデント型>
レジデント型は、主に北太平洋岸部にすみ、サケやマスなどの魚類を中心に食べ、一年中同じ海域や海岸に定住します。
シャチは、母子を中心とした「ポッド」という群れで暮らしますが、レジデント型は50頭以上のポッドを形成。密接なコミュニケーションにより社会的に深い絆を築いています。
移動する<トランジェント型>
トランジェント型は、活動範囲が広くポッドの大きさは小規模で2~6頭程度で移動します。
食料源は主にアザラシやアシカ、イルカなどの海洋哺乳類。狩りの際は、静かに移動して集団で迅速に襲撃するなど、ステルスや協調性に長けた狩猟スタイルを持っているといわれています。
大きな群れを形成する<オフショア型>
オフショア型は、海岸から離れた沖合の海に生息し、サメやエイなどの大型魚類を捕食しています。
ポッドの規模は25~100頭。非常に大きな群れを形成して長距離を移動します。
名古屋港水族館の取り組み
名古屋港水族館のシャチ「リン」がイルカと同じプールで過ごせるのは、同館独自の取り組みがあるようです。
公開トレーニングの解説で、シャチはイルカも食べるという話の後に「でも、リンはイルカを仲間だと思っているため、食べてしまうことはないのですよ」という説明もありました。
ほっこりとしたエピソードですが、なぜリンは捕食対象であるイルカと一緒に泳ぐことができているのでしょう。
シャチとイルカが一緒に過ごせる理由
この疑問の答えは、シャチプールの横に設置されていた展示パネルに説明が書かれていました。
そこには、「シャチにはさまざまな食性があり、リンにとっての“餌”は飼育係が与える魚で、一緒に暮らすイルカを襲うことはないこと」「リンとイルカたちは社会的な関係をお互いに築きながら暮らしていること」が記されていたのです。
飼育員さんの言葉とパネルの解説を読んで思わず微笑んでしまいました。
(提供:PhotoAC)リンの飼育方法や性格、イルカたちとの関係などをしっかりと考慮し、飼育員さんたちの努力や試行錯誤の結果、イルカたちと一緒に暮らせるようになったのでしょう。
シャチとイルカのケンカ?
一方、名古屋港水族館公式サイトに掲載されている2023年9月11日のスタッフコラムを見ると、シャチとイルカのケンカについて書かれています。当時、シャチは3頭いて、イルカのプールとはゲートで仕切られており、そのゲート越しにケンカをした様子が記されています。
(提供:PhotoAC)このことからも、名古屋水族館では、積極的にシャチとイルカを一緒のプールに入れているわけではないことがわかります。
今、シャチとイルカの共泳を見ることができるのは、リンとイルカとの信頼関係を慎重に見極めた結果であり、トレーニングの成果といえるでしょう。
「水族館だから襲わない」というわけではない
リンは名古屋港水族館生まれで、魚を餌として育っているため、イルカが食べ物だという認識はないのでしょう。
毎日十分な餌をもらっており、常にお腹が満たされているため、イルカを襲って食べようという動機も生まれません。
(提供:PhotoAC)ただ、「水族館生まれだから絶対に襲わない」とは言い切れません。
狩りをしたことがなくても捕食の本能は消えないため、本能のスイッチが入る可能性もあります。シャチが遊びのつもりでも、力加減を間違えて傷つけてしまうことも考えられます。
リンにとってイルカは獲物ではなく遊び相手
名古屋港水族館では、リンの性格や行動を見極めて、しっかりとトレーニングし環境を整えています。シャチとイルカの共泳が叶っているのは、飼育員のみなさんによる長年にわたる努力の結果、十分に安全性が確保されているからです。
リンとイルカの様子を実際に見てみると、本当に仲の良いお友達のようです。種が違っても、お互い安心できる楽しい存在だと認識しているのでしょうね。
日本でシャチを見られるのは、名古屋港水族館、鴨川シーワールド(千葉県鴨川市)、神戸須磨シーワールド(兵庫県神戸市)の3か所だけです。その中でも、イルカと戯れるシャチが見られるのは名古屋港水族館だけ──この貴重で温かい光景をぜひ見に行ってみてください。