9月にも関わらず、まだまだうだるような暑さが続いています。
そんな晩夏の夜をひんやりさせる、サカナにまつわるこわ~い妖怪の話はいかがでしょうか?
この記事では、サカナがもとになった妖怪を3つ紹介します。
file.01 ウミボウズ(海坊主)
海の妖怪といえば、まず思い浮かべるのはウミボウズではないでしょうか。
日本全国の沿岸部で語られる妖怪で、海上で見ることは不吉であるとか、船を沈没させる、人を海中に引き込むなど、そのいわれは様々です。
実はこの妖怪、村上健司『妖怪事典』(毎日新聞出版)によると、生物や入道雲、大波などの誤認、錯覚、幻覚などによって生まれた妖怪だと説明しているのが大半ですが、なんとあの魚のボラがモデルという俗説もあるようです。
釣り人ならば知らぬ人はいないであろう出世魚、ボラ。
小さい順にオボコ→イナッコ→スバシリ→イナ→ボラ→トドと呼称が変わりますが、どうやら一説によると、トドが変じてウミボウズとなるとのこと。なかなかイメージの湧かない結びつきですよね。
ボラは龍の妖怪にも…?
竹原春泉『桃山人夜話 ~絵本百物語~』(角川ソフィア文庫)によると、同じく出世魚であるボラをモデルとしたものに「出世螺(シュッセボラ)」という龍の妖怪がいるそうです。山に三千年、里に三千年、海に三千年間棲んで、蛟(ミズチ)という大蛇から龍へと名を変え成長するので、出世魚にならった名称の妖怪になったのだろうとされています。
また、江戸の随筆から近年の民俗資料に至るまで、ウミボウズの大きさは数メートルから数十メートルでかなり巨大なものであると伝えられています。
このことから、ウミボウズもシュッセボラ同様、とある生物が長い時間を経て「ウミボウズ」と名を変え巨大に成長したものであるとされ、その正体をボラと想像したのではないでしょうか。
トドがこれ以上成長しないことから「トドのつまり」なんて言葉もありますが、この意外な俗説を知った後では、いささか使うのにとまどう慣用句になってしまいました。
file.02 アカエイノウオ(赤えいの魚)
大きさで言えば、ウミボウズよりも巨大な妖怪がアカエイノウオです!
竹原春泉『桃山人夜話 ~絵本百物語~ 』(角川ソフィア文庫)にある巨大なエイの妖怪で、江戸時代に暴風によって漂流した船乗りたちが、島と思って上陸してしまったものがこの妖怪だったといわれています。
船乗りたちは人家を探しましたが見つからず、ただ見慣れない草木が岩の上に茂り、たくさんのもくずが木のこずえにかかり、岩の隙間には穴があって水が流れ、魚などがたくさん住んでいるだけでした。水を求めましたがすべて海水だったので、仕方なく船に乗り込んで離れたところ、島と思っていたものは海底に沈んでしまい、これが果たして大きなエイだったと言い伝えられています。
また、絵本百物語の挿絵の解説文には、以下のように記されています。
この魚、その体長は三里(約12キロ!)に余る。背中に砂がたまれば落とそうとして海上に浮かび上がる。その時船頭が島だと思って船を寄せると水底に沈んでしまう。そのような時は波が荒く、船はこのために壊される。……とか。
妖怪のモデルはアカエイ
この妖怪、モデルといわれているのはもちろんアカエイ。
アカエイは日本各地に生息する、私たちにとっては最も身近なエイ類。
人間の顔のような腹部に毒を持った尻尾の棘。エイという生き物は、令和となった今でさえ畏怖の念を抱くことが容易なのですから、科学的に現象を説明する手段が確立されていなかった江戸時代の人々にとっては、もはや理解を超えた巨大な存在に見えていたのでしょうか。
file.03 イソナデ(磯撫で)
最後に紹介するのは、北風が強く吹くときにあらわれるといわれている怪魚「イソナデ」です。
こちらも竹原春泉『桃山人夜話 ~絵本百物語~ 』(角川ソフィア文庫)に記述がある妖怪で、肥前松浦(現在の長崎県、佐賀県)の沖にあらわれるとされています。
船が通りかかれば、イソナデはその尾びれで船中の人を撫でて海へ引き摺り込んで食べてしまうそうです。船に乗っている人は、イソナデの接近に気づくことは難しく、何となく海の色が変わったと思った時点で既に手遅れであり、イソナデが現れたと気づいた頃には、既に尾びれで捕えられているとのこと。
イソナデの正体はフカ?ワニ?
形は鱶(ふか)に似た大きな魚で、尾には鉄のような針が逆さまに生えています。また、古書『本草異考』には「巨口鰐(キョコウガク)」と呼ばれる妖怪があったり、島根県に伝わる怪魚に「影鰐(カゲワニ)」と呼ばれるものがあったりしますが、どちらもイソナデのことを指しているとされています。
イソナデは、文献に「鱶」「鰐」といった記載があることから、その正体はアカエイ同様、昔の人々にとって理解を超えた恐ろしい存在としてのサメだったのではないかと考えられています。
妖怪のモデルの魚は他にも
今回紹介した魚以外にも、もしかしたら妖怪のモデルとなっている魚がまだいるかもしれません。
あなたの想像力で、今一度魚を見つめ直してみませんか?
(サカナトライター:クボデラリョウスケ)
参考文献
村上 健司「妖怪事典」(毎日新聞出版)
竹原 春泉「桃山人夜話 ~絵本百物語~ 」(角川ソフィア文庫)
木下昌美 監修「妖怪 (はっけんずかんプラス) 」(Gakken)