インド-太平洋の熱帯域は海洋生物の多様性が高い海域です。
海洋生態系を保全するうえで生物多様性の理解は必要不可欠ですが、この海域ではそうした知見が不足しており、特に深海生物では顕著だといいます。また、深海の資源利用に伴う開発が活発化する現在、種多様性の研究は非常に重要と考えられています。
こうした中で北海道大学の研究グループは、1970年代からフランスを中心として行われているプロジェクト「MUSORSTOM(TropicalDeep-Sea Benthos Program)」でニューカレドニアから得られたツキノワガレイ属と各国のサンプルを調査。本属における分類学的な整理を行い、1種を新種記載、2種をニューカレドニア初記録種として報告しました。
この研究成果は「Journal of Fish Biology」に掲載されています(論文タイトル:New species and records of the deep-sea flatfish genus Samariscus (Teleostei: Pleuronectiformes: Samaridae) from New Caledonia, Southwest Pacific, with a revised key to species)。
深海生物の採集に力を入れる「MUSORSTOM」
MUSORSTOMは1970年代からフランスを中心として行われているプロジェクトで、インド-太平洋の熱帯域における深海生物の採集に力を入れています。
この調査で得られた標本は各国の分類学者たちにより研究され、無脊椎動物を中心に、深海の生物多様性が解明されてきました。
カレイ・ヒラメ類の分類が専門の北海道大学・尼岡邦夫名誉教授は、これまでにMUSORSTOMで得られたサンプルを調査。当時在籍していた水産動物学講座の学生と共に20種以上を新種記載していきました。
珍しい種が多いツキノワガレイ属
ツキノワガレイ属の魚類は、主にインド-太平洋の熱帯域を中心に分布する深海底生性魚類です。
本属は世界で20種が知られており、日本にも数種が分布。ツキノワガレイ、ツマリツキノワガレイ、コツキノワガレイ、ジャノメツキノワガレイといった種の記録があります。
ニューカレドニア(提供:PhotoAC)北海道大学の河合准教授は、MUSORSTOMによりニューカレドニアから得られたサンプルからツキノワガレイ属を5種確認しており、うち2種を尼岡名誉教授と新種記載。一方、残りの3種はツキノワガレイ属の採集例が少なく、本属に関する知見も乏しかったことから同定は困難だったといいます。
7ヵ国150個体以上の標本を調査
そうした中で研究グループは、同定が困難だった3種の正体を明らかにすべく、7ヵ国13の研究機関を訪問し、17種150個体以上のツキノワガレイ属の標本を観察。
各標本で約30項目もの計数および計測を実施し、各種の形態や変異幅、成長パターンの比較、形態的特徴の整理を行ったほか、分類学的な混乱を解消しました。
形態的な比較の結果、正体不明のツキノワガレイ属3種は1種が未記載種であり、あとの2種は既知種であるもののニューカレドニアから初記録となる珍しい種であることが明らかになっています。
1種が未記載種と判明
既知種のうち1種は、2つの学名(Samariscus asanoi と Samariscus luzonensis)が与えられていることが判明しており、先取権の原理に基づきより古くに記載された Samariscus luzonensis が適用されました。
これまで、本種の記録はフィリピンとベトナムに限られいたため、今回の報告は南半球初記録となったのです。
一方の既知種は Samariscus sunieri に同定され、他海域の標本との比較で、形態に地理的変異があることが示唆されています。
プロジェクトに因み命名
今回、見出された未記載種は11個体の標本に基づき新種記載されました。本種はMUSORSTOM プロジェクトに因み、Samariscus musorstomi と命名されています。
また、同属他種とは、鰭条数や鱗の数、顎の長さ、胸鰭の長さ、色彩などから区別することが可能とのことです。
新たに識別に有効な形質が示される
さらに、研究グループはツキノワガレイ属全18種の形態的特徴を整理しました。
その結果、ツキノワガレイ属は種ごとに胸鰭の鰭条数が安定していると考えられていたものの、実際には従来の認識より変異に富むことが明らかになっています。
また、本属の識別に有効とされていた鼻孔の数を全種で明らかにし、その有効性を再確認。加えて、眼と上顎の位置関係、背鰭・尾鰭・臀鰭の色彩が有効であることが新たに示されました。
論文ではツキノワガレイ属を同定するための検索表が作成されています。
深海性ベントスの種多様性の解明に貢献
今回の研究によって、史上で最も多くの標本に基づきツキノワガレイ属の形態的特徴が調べられました。
ツキノワガレイ属は珍しい種が多いことから、情報が乏しく種同定が難しい状況が続いていたとのこと。今後は本属の種同定が容易になり、インド-太平洋の熱帯における、深海性ベントスの種多様性の解明に貢献することが期待されています。
(サカナト編集部)