港へ行くと、カキやマツバガイ、ムラサキイガイなど様々な貝類が岸壁に付着しています。
中でもムラサキイガイと呼ばれる黒い二枚貝は誰しもが見たことがあるのでしょうか?
ムラサキイガイは「ムール貝」とも呼ばれており、世界で最も食べられているとも言われる二枚貝です。
そもそもムール貝の「ムール」って?
ムール貝とはイガイ科に属する二枚貝の総称です。
ムールはフランス語でイガイ科を総称した「moule」に由来するものの、この呼称が日本でも一般化しており、「イガイ」という呼び名は意外と知られていません。なお、「イガイ」は他の二枚貝とは異なる見た目をしていることから「異貝」と呼ばれるようになったという説があります。
日本でムール貝というと外来種であるムラサキイガイを指すことが多く、「ムール貝=ムラサキイガイ」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
日本にはムラサキイガイをはじめ、カワヒバリガイやミドリイガイなどの外国産イガイ科が定着しており、特にカワヒバリガイは国の特定外来生物に指定されています(侵入生物データベース-国立環境研究所)。
ムラサキイガイの侵入
ムラサキイガイは本来、地中海とその周辺に生息する二枚貝ですが、現在、日本を含む世界各地へ移入されており、強い分散能力から世界の侵略的外来生物ワースト100(国際自然保護連合)、日本の侵略的外来生物ワースト100(日本生態学会)に選ばれています。
国内におけるムラサキイガイの初記録は1934年の神戸港であり、侵入経路は船舶への付着したものやバラスト水によるものと考えられています。
この他にも、同年に広島県で得られた標本や、1937年5月に東京湾金沢から得られた標本も現存。このように短期間のうちにムラサキイガイが各地で発見されており、本種の拡散能力の高さを示唆しているように感じます。
分散した過程は国内外の船舶が各地の港へ寄港することや、自然分散が考えらえられており、以降、1950年末にかけて分布が日本列島全体へと広がっていきます。本種は分布域を拡大させているだけではなく、在来種であるキタノムラサイキガイ(Mytilus trossulus)と交雑していることも知られています。
このように昭和には既に日本に移入されたムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)ですが、かつてはチレニアイガイと呼ばれていた他、外見が酷似したヨーロッパイガイ(Mytilus edulis)と混同されていました。
現在では研究が進み、日本の浅海に広くに定着している種は Mytilus galloprovincialis とされています。
実はすごいムール貝
日本で外来種として扱われるムール貝ですが、実はすごい能力を持った二枚貝でもあります。
環境の変化に強い
一つ目の能力は「環境の変化に強い」ことです。
ムール貝はある程度汚染された環境下でも生存することが可能であり、これを利用して汚染レベルをモニタリングする「マッセルウォッチ」が各地で導入されています。
強固なたんぱく質の合成
もう一つの能力が「強固なたんぱく質の合成」です。
ミドリイガイが付着する際に合成するタンパク質でできた足糸は非常に強度が高く、水中で様々な素材に接着することができることから、新たな接着剤になり得るとして注目されています。
しかし、この足糸については多くの研究者が研究を進めているものの、そのメカニズムは完全には解明されていないようです。
世界で最も養殖されている二枚貝
そんなムール貝ですが食用としても需要の高い二枚貝であり、海外では2000年程前から食べられていたといいます。
日本でも在来のイガイ科を古くから食べており、鳥取県では夏季に海女さんが獲ったイガイを炊き込みご飯にした郷土料理「いがい飯」が夏の風物詩として知られているとか。この他にも酒蒸しやお吸い物でも食べられるようです(いがい飯-農林水産省)。
また、海外ではムール貝の養殖の歴史が深く、現代ではヨーロッパはもちろん中国でも養殖が活発。ムール貝は世界で最も食べられている二枚貝とも言われています。
宮城県石巻市の雄勝湾で育った「三陸ムール貝」
日本ではカキ養殖においてカキ表面に付着する厄介者として扱われていましたが、近年、この外来種を有効活用しようと養殖に取り組んでいる地域もあるようです。
宮城県石巻市の雄勝湾は栄養豊富な水が山から供給されており、ホタテやカキ、ホヤなど様々な海産物の養殖が行われています。この地域では「中層はえ縄」と呼ばれる方式でムール貝を備蓄しており、これにより質の良いムール貝の安定供給を可能にしています。
雄勝湾で育ったムール貝は「三陸ムール貝」としてブランド化しており、新たな名産として注目されています。
厄介者との共存は……
外来種として日本に定着するムール貝。厄介者である一方で、人々の生活に役立つ存在でもあります。
繁殖力が高く汚染にも強いムール貝が駆除も難しい状態です。今後はムール貝とうまく共存してくことが求められているのかもしれません。
(サカナト編集部)
参考
(ムラサキイガイの初侵入年代と分布拡大過程 ─古川田溝氏の標本による推断)