海の潮目として知られる“海洋前線”は、豊かな漁場を生み出す一方で、魚たちにとっては“見えない壁”としても働いていることが分かりました。
東京大学大気海洋研究所や上海海洋大学などの研究グループは、北西太平洋および世界各地の漁場データを詳細に解析し、魚の分布を二分する「障壁効果」が世界の漁業を形づくっている実態を明らかにしました。
本研究は、学術誌Nature Communicationsに掲載されています(論文タイトル:Underestimated barrier effects of ocean fronts shape global fishery distribution)。
海洋前線は「楽園」より「境界線」
研究チームは、衛星の海面水温データから推定した日々の海洋前線の位置と、自動船舶識別装置(AIS)などから推定される大型漁船の漁場データを組み合わせ、北西太平洋と世界11地域・25魚種の漁場形成との関係を解析しました。
一般的に、暖かい海水と冷たい海水がぶつかる“海洋前線”では、下層から栄養塩が湧き上がってプランクトンが増え、魚が集まる好漁場になると考えられてきました。
実際に、海洋前線の内側は外側と比べて漁場形成が5〜20%ほど多く、たしかに「ホットスポット効果」は確認されましたが、その差は従来のイメージほど大きなものではなく、海洋前線だからといって一様に“魚の楽園”になるわけではないことが示されました。
世界三大漁場のひとつ、大きな潮目である三陸の海(提供:PhotoAC)一方、前線の内側を暖水側と冷水側に分け、魚種ごとにどちらで漁業活動が多いかを調べると、状況は一変したといいます。
暖水側と冷水側の漁場形成の差は、周辺海域の平均的な漁場形成の15〜70%にも達し、多くの魚種にとって海洋前線が越えがたい境界線になっていました。これは、海洋前線が魚にとっては「障壁」として機能していること示します。
この結果から、ホットスポット効果は海洋前線の片側に偏って現れ、その背後には強い障壁効果が隠れていることが明らかになりました。
北西太平洋のイワシやサンマにも強い「壁」
研究グループはさらに、中国漁船の操業データを用いて、北西太平洋におけるマイワシ、マサバ、サンマ、アカイカの4種について、漁獲努力で補正した漁獲量からホットスポット効果と障壁効果を評価しました。
その結果、海洋前線の内側と外側を比べたホットスポット効果は、マイワシとマサバで約50%、サンマで約17%、アカイカで約13%と、種によってばらつきはあるものの一定の増加が確認されたといいます。
イワシ(提供:PhotoAC)しかし、前線内の暖水側と冷水側を比較した障壁効果は、サンマで約40%、アカイカで約70%とホットスポット効果を大きく上回り、分布を分ける「壁」としての役割がより強く現れました。
マイワシとマサバでは、全季節・全域を平均すると障壁効果はおおむね5〜15%と、ホットスポット効果より小さい結果に。ところが、季節や海域ごとに詳しく見ると、暖水側で多く獲れる時期・場所と、冷水側で多く獲れる時期・場所があり、その単位で比較した場合には障壁効果の方が大きくなることが分かりました。
四季の変化や黒潮・親潮の勢力バランスによって、魚たちがどちらの水塊側に分布するかが揺れ動き、それが「見えない境界線」として漁場のあり方を決めている実態が示された形です。
動く海を前提にした資源管理へ
海洋前線は、黒潮と親潮のぶつかり合いで顕著な日本近海をはじめ、世界各地の漁業現場で古くから潮目として意識されてきました。しかし、その位置や形は日々変化しており、従来は魚の分布との関係を詳細に追うことが難しいとされてきました。
今回、衛星観測にもとづく前線検出手法と、AISに代表される船舶位置情報から推定した漁場データを組み合わせたことで、動く海の「境界線」と世界の漁業分布との関係を、グローバルなスケールで定量的に捉えることに成功しました。
研究チームは、海洋前線がもつ障壁効果を資源管理に生かすことで、従来のように地理的に固定された保護区から、前線の暖水側や冷水側といった“動く管理単位”にシフトできる可能性を指摘しています。
こうした動的な保護・管理は、乱獲を防ぎつつ効率的な漁獲を行ううえで有効と期待されるほか、特定の漁獲対象種以外の生物の混獲を減らす手立てとしても注目されています。
目には見えない「温度の境界線」が、魚と漁業と海の保全をつなぐ新たなキーワードになりそうです。
(サカナト編集部)