野生生物の年齢は、どのように推定するのでしょうか。
人間や飼育されている生物であれば、誕生日から正確な年齢がわかります。しかし野生生物の場合、体のサイズからある程度は年齢がわかりますが、何歳かを正確に知ることはできません。
筆者は大学院修士課程で、海産哺乳類であるトドの歯に蓄積された微量元素から環境履歴を解析していました。
その過程で経験したのが、「歯を用いた年齢査定」です。
海産哺乳類の年齢の調べ方
魚では、耳石やウロコ、骨に形成される成長輪を数えることで、年齢を推定することができます。
では、海に暮らす哺乳類の場合は、どのように年齢を推定するのでしょうか。
実は海産哺乳類にも、木の年輪と同じように季節的な成長の変化が1年ごとの層(成長層)として残る組織があります。
トドやアザラシ、ハクジラでは「歯」に形成される成長層を、ヒゲクジラでは「耳あか」の成長層を用いて年齢を推定します。
哺乳類の歯の構造
哺乳類の犬歯(前歯の外側にある先がとがった歯、いわゆる牙)を例に説明します。
歯肉から出ている部分は歯冠部、歯肉に隠れている部分は歯根部です。歯冠部の外側は硬いエナメル質、歯根部の外側はセメント質で覆われています。
歯の構造(提供:Polo the Rat)エナメル質とセメント質の内側には象牙質、さらにその内部には、神経や血管が通る歯髄があります。
トドの歯で年齢を数える
トド(Eumetopias jubatus)はアシカ科の中でもっとも大きい種です。
トド(提供:PhotoAC)トドの年齢査定には、太くて長い犬歯を用います。
まず、ダイヤモンドカッターを使って、歯を縦に数ミリほどの薄さにスライス。オスの場合、犬歯の大きさが10センチ近くになることもあり、スライスするのも時間がかかり、なかなか大変な作業です。
次に、歯のスライスを薬品で歯を柔らかくし(脱灰)、ミクロトームという機械でさらに数十マイクロメートルという極薄にスライス。これをスライドグラスに挟み、観察しやすいように染色し、乾燥させてできあがったサンプルを顕微鏡下で観察します。
トド歯の断面図(提供:Polo the Rat)トドの歯は、成長とともに象牙質が層状に発達していき、この成長層を読むことで年齢を推定することが可能です。
ただし、高齢のオスでは層が密になり読み取りが難しかったり、すでに歯髄腔が埋まってしまい、それ以降の成長層を読み取れなかったりすることもあります。
歯はまるでタイムカプセル
歯の成長層には、個体の年齢だけでなく、成長の履歴や環境変動の影響など、さまざまな生態学的な情報が蓄積されています。
筆者の修士研究でも、1960~1990年代に日本・千島列島・アラスカで捕獲されたトドの歯標本を使って、歯に含まれる各微量元素濃度を雌雄・成長段階・年代・海域で比較しました。
何十年も保管された歯を標本として使えるとは、まるでトドの一生を読み解くタイムカプセルみたいですね。