人とは別の世界──水の中にすむ魚たち。古くから食卓を彩り、祝いの席で親しまれてきたほか、釣ったり、飼ったり、観察したり、研究したりと、私たちと魚との関わり方は、実にさまざまです。別世界に生きる彼らとの出会いは、私たちに何をもたらしてきたのでしょうか。連載「魚が教えてくれたこと」では、魚と深く関わってきた方たちに、思い出深い魚との出会いや、そこから得た気づきを綴っていただきます。
今回は、エレクトロニカ・音楽ユニット“macaroom”のボーカルをつとめるemaru(エマル)さんに、古代魚・ティクターリクについてご寄稿いただきました。
私はさかながすきだ。 その時々のマイブーム魚(ウオ)や、好みのすがた・かたちは若干あれど、特定のさかなということはなく、魚類全般が好きだ。
さかながなぜすきか、なぜこんなに惹かれるのか、考えたことが何度もある。
ひれやうろこ、体色が美しいところ。呼吸したり泳いでいる姿がすてきなところ。何を考えているのかわからないところ。
嘘みたいなフォルムや技能を持っているところ。魚種によってさまざまな、不思議な生活を送っていたりするところ。水のなかで生きているところ。
小さなころから、水たまりや池があると、さかながいないかな?と覗くのがくせだった。そこにちらちらと魚影が確認できるとうれしかった。
さかながいるとうれしい。泳いでいる姿を眺めるのがたのしい。さかなが水のなかにいることがうれしいのだ。
さかなが、水のなかにいることが、水のなかで生きているということが、とても不思議で不思議で、魅力的でたまらなくてすきだ。
水面やアクリルガラスから世界を覗く。私とは違うからだ、私のいる場所とは違う世界。だけども私のなかには「内なるさかな」がいるらしい。
私のなかに息づく「さかな」
私たちは魚類から5億年かけて進化したという。
魚類から四肢動物(陸上生物)への進化を示す重要な古代魚(肉鰭類)といわれているティクターリク。
古生物学者・進化生物学者であり、ティクターリクの化石を発掘したニール・シュービンの『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト』(原題『Your Inner Fish: A Journey into the 3.5-Billion-Year History of the Human Body』)を読み、初めてティクターリクを知った。
ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト ニールシュービン 著、垂水雄二 訳 早川書房(提供:エマル)ティクターリクは約3億7500万年前(デボン紀後期)に登場した、魚類と四肢動物の中間種といわれている。
うろこがあって、胸びれがあって、尾びれがある。 頭が平べったく、目が上の方についていて、ワニみたいな顔。首がある。ひれは手足みたいで、手首もある。腕立て伏せもできるという。肋骨が発達している。えら呼吸、肺呼吸の両方をする。
どっちつかずな、中間種的な特徴。このわからなさ!
ティクターリクはもう絶滅してしまって化石しかないけれど、化石をもとに再現された骨格のイラストや模型の写真を見ると、見た目も魚類のような、爬虫類のような絶妙さで面白い。
大きさは公衆電話ボックスくらいの大きさらしい。約2.5mくらい。そんな大きなさかなが、水中を泳いだり、浅瀬に上がってきたり、陸上を少し這いずったりしていたなんて。
なんと魅力的なんだろう!と、とても心惹かれた。もしみられるものなら、ほんもののティクターリクを見てみたいものだ。
私が書いたデフォルメしたティクターリクの絵(提供:エマル)ティクターリクの化石が見つかったのは、北極海に浮かぶカナダの島エルズミアという場所。ティクターリクとはイヌイット語(イヌクティトゥット語)で「大きな淡水魚」という意味があるのだそう。化石を発掘した著者が、現地で暮らすイヌイットの人々からこの名前をつけてもらったらしい。
名前の語呂の気持ち良さや文字並びの見た目もすきだ。ティクターリク。Tiktaalik。
さかなと私との共通点は胎児のころの成長の様子でもよくわかるという。
鰓弓(さいきゅう)と呼ばれる、さかなにとってはえらを支える骨格と筋肉の柱になるものが、私たち哺乳類では顎や耳の骨、舌をつくる土台になる。胎児の鰓弓はさかなのえらみたいなのだ。
ティクターリクは私の奥深くに「さかな」がいる証拠だ。細胞のなかの、DNAの、遺伝子の設計図に、太古の昔、さかなであった歴史が刻まれている。
そんな昔のことに思いを馳せたり、未来を夢想したり、進化について考えたりしながら、さかなたちを観察する。
ティクターリクに似てトビハゼ属のさかなたちもひれを使って干潟の上を這いずったり、マングローブの木によじ登ったりする。少し陸上生物みのある彼ら、彼女らの姿もとても魅力的でだいすきだ。
四国水族館のトビハゼ(提供:エマル)ティクターリクとは違って四肢動物のような特徴はないし、系統的には違うのだけど、トビハゼのひれを腕のように使って這いずる姿を見ていると、ティクターリクのご先祖にあたる生きものは、こんな感じでひれを動かして移動していたのかな、そこからティクターリクへ進化していったのだろうか?──などと進化の一片をみつめているような気持ちになり、胸が熱くなる。
歴史を紡ぎ続ける生きものたち
過去、現在、未来に思いを馳せる気づきをくれた魚、ティクターリク。
私が目撃してきたさかなたちには、たくさんのストーリーが刻まれている。私のからだにもさかなの痕跡が残っているのだ。
その胸びれは、その尾びれは、その習性は、どこからきて、どこへ向かうのか。
この先の、何千年、年万年後の世界にはどんな魚類が、さかなたちがいるだろう? いなくなるだろう。
私が死んだあと、どんな生きものがいるのだろう。
水面や水槽のアクリルガラスを覗く時、そんなことを思って、さかなたちがより魅力的に思えてくるのだ。

えまる●エレクトロニカ・音楽ユニットmacaroomのボーカル。さかなとさいぼうと本が好き。音楽活動のかたわら、魚の生態や進化について調べたり、水族館や川、海へ出かけたりと、魚活(うおかつ)に励んでいる。macaroomでは作曲家のアサヒとともに、言葉の音としての性質に着目した「phonelyrics」を取り入れた音楽を制作している。