外見でほとんど区別ができない新種のことを「隠蔽種(いんぺいしゅ)」と呼びます。
二枚貝類においても隠蔽種が多く知られる一方、その多くは岩に固着する種や砂泥に潜る種に限られていました。そのため、他の動物の表面や巣穴などに暮らす「共生性の二枚貝」では研究が進んでいなかったのです。
こうした中で、後藤竜太郎・京都大学フィールド科学教育研究センター助教らの研究グループは、環形動物の体表に寄生する二枚貝「コハゼガイ」を対象に、形態・生態・DNAな情報を調査しました。
この研究成果は『Organisms Diversity & Evolution』に掲載されています(論文タイトル:Cryptic speciation and latitudinal genetic differentiation in sipunculan-commensal bivalves with exceptionally large larval shells: the Planktomya amamiensis species complex (Galeommatidae))。
外見から区別がほとんどできない隠蔽種
「新種」と聞くと、既に知られている種と全く異なる姿をイメージしがちですが、実際には外見上ほとんど区別がつかない種も少なくありません。こうした種を「隠蔽種」と呼んでおり、様々な分類群で知られています。
例えば、魚類では最近になって新種記載されたアカエイ科のアリアケアカエイがその一例です。
二枚貝においても隠蔽種が知られており、これまでの研究では岩に固着する種や砂に潜る種を対象に研究が進んできました。
一方、他の動物の体表や巣穴といった特殊な環境に生息する寄生性二枚貝については、研究が進んでおらず実態は謎に包まれていたのです。
小さな二枚貝「ウロコガイ」
ウロコガイ科は殻の長さが数ミリ程度の小さな二枚貝です。
このグループは、世界で620種以上が知られており、多くが甲殻類、環形動物、棘皮動物といった他の海洋動物の体表または巣穴に共生して暮らしています。
ウロコガイ科の中でもコハゼガイ属は、幼生期の殻が約1ミリと二枚貝の中でも非常に大きいことが知られるグループです。
コハゼガイ属の幼貝は外洋プランクトンから見つかることが多いものの、成体の成体はほとんどわかっていませんでした。
環形動物の体表に暮らすコハゼガイ
コハゼガイ属のコハゼガイ Planktomya amamiensis は1973年に奄美大島で得られた貝類から記載された種です。
本種は、生態が長らく謎でしたが、近年は砂泥の中で暮らす環形動物のホシムシ類の体表に付着して暮らすことが明らかになっています。
なお、本種の生態が謎であったのは、長期間にわたり近縁種のスジホシムシモドキヤドリガイと混同されていたことも要因の一つです。
コハゼガイは、日本の温帯からも記録されている種ですが、水温が大きく異なる南西諸島の集団と種が異なるのか、どのホシムシ類を宿主として利用するかなど、詳しく検証された例はありませんでした。
3つのグループに分けられる
この研究では、2011年から2023年にかけて、鹿児島県奄美群島と紀伊半島南部の干潟から採集されたコハゼガイについて、殻や軟体部の観察・宿主の同定・DNA解析の組み合わせた調査が行われました。
ミトコンドリアDNAのCOI遺伝子と核DNAのITS遺伝子の2つの遺伝子領域を解析を解析した結果では、遺伝的に異なる3つのグループ(仮にA、B、Cとする)に分けられることが判明。種Aと種Cは奄美群島、種Bは紀伊半島に分布し、種Aと種Cは同じ地域で宿主種を共有しているものの、遺伝的に大きく異なることがわかっています。
紀伊半島南部に位置する串本(提供:PhotoAC)また、紀伊半島の種Bは奄美群島の種Aと近縁である一方、両者の間にもミトコンドリアDNAと核DNAで明瞭な違いが認められました。
種A、種B、種Cのグループは殻も軟体部も形態的に酷似するものの、種Bは殻がやや細長く胎殻が約1.0~1.1ミリであり、種Aと種Cと比較して大きいことで識別することが可能だといいます。
紀伊半島に因み命名
種Bは本州の温帯域のみから見つかっている種であり、奄美群島からは未発見です。
加えて、種Bは形態的・遺伝的に種Aおよび種Cと区別できることから、研究グループは、本種を新種として記載しました。
名前は本種が発見された紀伊半島に因みPlanktomya kiiensis(キイノコハゼガイ)と命名されています。
なお、コハゼガイは奄美大島をタイプ産地として記載された種であり、種Aと種Cが形態的によく似ることから、どちらが真のコハゼガイかは、今後の課題とのことです。
緯度勾配に伴う環境変化が種分化を支持する?
宿主の形態とDNAを調べた結果では、コハゼガイ類の宿主はすべてスジホシムシモドキ属であること、少なくとも本属の3種が宿主として利用されていること、紀伊半島のキイノコハゼガイは奄美群島の近縁種と宿主が異なることが明らかに。
生態においては、大型個体で大きな足を使い宿主の体表に付着する一方、小型個体では、同種の大型個体の殻に付着していることが確認されています。また、キイノコハゼガイと本種に最も近い近縁種は、南西諸島と本州沿岸に分かれて分布するようです。
こうした結果は、水温の違いや宿主の違いが共生性の海洋生物の種分化に寄与している可能性を示しています。
また、温帯のキイノコハゼガイの胎殻が大きいことは、水温の低い海域では幼生がプランクトンとして過ごす時間が長くなることを反映していると考えられています。
ウコゴカイ科の多様性はもっと高い?
今回の研究によって、ウロコガイ科のコハゼガイ属に隠蔽種がいることが明らかになり、紀伊半島から発見された集団がキイコハゼガイと命名されました。
この成果は、ウロコガイ科の多様性がこれまで考えられていたよりも高い可能性を示すほか、緯度勾配に伴う環境の変化も種分化に影響を与えている可能性を示唆するものです。
今後、研究グループはより広い範囲でサンプリングや各隠蔽種の分布などを詳しく検証するとしています。
(サカナト編集部)