「Apogon」とは何か?
日本ではこのコミナトテンジクダイ属の魚たちはややマイナーな存在ではありますが、ヨーロッパの地中海沿岸には全身真っ赤な色彩をしたカージナルフィッシュApogon imberbis (Linnaeus, 1758)という魚がいます。
この種は全長10センチを超えこの仲間では大きくなり、ヨーロッパ近海では最もよく見られるテンジクダイ科の魚のようです。
カージナルフィッシュ (提供:Photo AC)そもそも地中海沿岸のテンジクダイはもともと生息しているのは本種くらいのものらしく、地中海に生息するほかのテンジクダイ科の魚はスエズ運河経由で紅海からやってきたものとされています。
学名の「Apogon」とは、あごひげをあらわす「Pogon」と、「無い」という意味の「a」の組み合わせで、「あごひげがない」という意味になっています。
ヨーロッパではマレットと呼ばれるヒメジ科魚類の一種がよく食されており、ヒメジ科同様背鰭がふたつにわかれているカージナルフィッシュをヒメジの仲間と考えたらしく、あごひげを持たないヒメジのような魚ということのようです。
ヨーロッパの各地の言語でも、英語ではKing of the mullets、フランス語ではRoi des rougets、イタリア語ではRe di triglieといい、いずれも「マレットの王」という意味になります。
カージナルフィッシュの由来
英名の「カージナルフィッシュ」の「カージナル」というのは枢機卿(すうききょう)のことです。
枢機卿とはカトリックにおける教皇の最高顧問のことをいい、またコンクラーベ(教皇逝去もしくは退任後、新しい教皇を選出する秘密選挙)の際には80歳未満の枢機卿にのみ選挙権が与えられます。
この枢機卿は“赤い服”をまとっていますが、カージナルフィッシュも全身が赤い体をしており、枢機卿を連想させたもののようです。
テンジクダイの仲間の英語の種名には、全身が赤くないのに「〇〇カージナルフィッシュ」というものが多くいますが、これはカージナルフィッシュが“テンジクダイ科の代表的な存在だから”ということもあるのでしょう。
飼育していたコミナトテンジクダイ属のヤミテンジクダイ(上) (提供:椎名まさと)赤い色が美しいカージナルフィッシュは、ヨーロッパの水族館ではよく飼育されている魚のようです。
この種に限らず、コミナトテンジクダイ属の魚はみな赤い色が美しいので観賞魚として飼育したくなるのですが、残念なことに観賞魚店ではあまり見ることができず、すれ傷や水質の悪化にも弱いところがあるためあまり飼いやすい魚とはいえないところがあります。
基本的には昼間は岩の洞の奥のほうに潜んでいるらしく、夜になると餌を探して動き回る習性がありますが、慣れると昼間でもよく出てくるようになります。
高知県沿岸におけるテンジクダイ科魚類の種の変動
筆者はテンジクダイ科の魚が好きで、磯へいっても、岩の隙間にいないかと、常に探し回るような人間です。
そして釣りでは、夜間に防波堤から竿を出してテンジクダイ科の魚を狙うというのが一番好きです。なぜかというと、この仲間は種類が多く、どんな魚が釣れてくるのかと、わくわくさせてくれるからです。
高知県西部で20年近く釣りでテンジクダイ科の魚を釣ってきた筆者ですが、そのテンジクダイ科魚類の魚のなかにも昔は良く釣れたのに、今はほとんど見ない種、逆に昔はまったく見なかったのに、今はふつうにみられる種というのがいます。
飼育しているカスリイシモチ (提供:椎名まさと)例えば、カスリイシモチなどは熱帯性の種で、2009年にも確認していますが、2021年以降はほぼ毎年確認するようになっています。しかしその一方、防波堤の夜釣りでたくさん釣れていたクロホシイシモチは最近はほとんど見られなくなってしまいました。
原因は気候変動なのか、あるいは肉食性の魚が増えて小さい魚や競合する魚を減らしてしまったのか、理由はわかりませんが、魚種の変動が気になるところです。
魚との出会いは一期一会
20年前にはじめて訪れた高知県西部の防波堤。そこで見つけたオグロテンジクダイ。
筆者はそのあと激動の人生を送り、何度か引っ越しを繰り返し、そのたびに高知県は遠くなっていったのでした。遠くなったにもかかわらず、20年近くもそのポイントに通ってはいます。
しかし、2匹目のオグロテンジクダイには残念ながらいまだ会えていません。
ポイント近くの磯でもぐるとキンセンイシモチやミスジテンジクダイなど、ほかのテンジクダイ科魚類にはよく出会えるのですが、この仲間が好きそうな大きな岩の洞を見てもオグロテンジクダイの姿はありません。
岩の洞にミスジテンジクダイが群れている (提供:椎名まさと)あの日みたオグロテンジクダイ。2匹目はどこにいるのか。まだあの釣り場近辺のどこかにいうのか、それとももうすでに魚種がいれかわり、あの近辺にはもういないのか。
魚の出会いというものはまさしく一期一会、もしかしたら一度しか出会うチャンスがない、あるいは一度逃すともう二度と出会えない、そんな魚もいるのかもしれません。ですが、私は今年もきっと、高知県の南西部で赤い魚を探すことでしょう。
(サカナトライター:椎名まさと)
2