アニメやゲーム、小説など様々な媒体でモチーフにされる「人魚」。
広く知られている姿は「上半身が美しい女性、下半身が魚」の姿ですが、日本や中国には全く別の姿の人魚が伝承されています。
日本の人魚像の変遷やその正体とされている動物は何なのか。ファンタジーの代表として知られる人魚の奥深い歴史と面白さに触れてみませんか。
日本の人魚像に影響を与えた中国の人魚
日本の人魚の歴史を辿る前に、まずは中国で語られていた人魚像を見てみましょう。
日本の人魚は、中国の人魚の影響を強く受けています。中国の最古の地理書である「山海経」には架空の動物が多く存在しており、その中で四種類の人面魚が語られています。
それが、「人魚」「赤鱬(せきじゅ)」「陵魚(りゅうぎょ)」「氐人(ていじん)」です。
人魚は、獣の四肢を持った魚のような姿で、赤子のような声で鳴く。赤鱬の体は魚で頭部が人の顔をしていて、人面魚のような姿。
陵魚の体は、魚で頭が人間であることは赤鱬ですが、人の手足を加えたような姿。氐人は、中国の辺境にあるといわれる氐人国の人で、上半身が人、下半身が魚の姿。
こうして比べてみると、氐人が現代の人魚のイメージに一番近いです。しかし当初、日本のスタンダードなイメージとして伝わっていったのは、魚の形に近い「人魚」像でした。
それは一体なぜなのでしょう。
日本での初出は最古の歴史書「日本書紀」
日本の人魚の記録として最も古いとされているのは、日本の歴史書として最古の一つと呼ばれる「日本書紀」にある記述です。
それによれば、「水揚げされた生き物は人でもなく魚でもない、得体の知らない何か」と記載されているだけでした。この頃はまだ「人魚」という言葉が日本に入ってきておらず、明確な名称が存在しません。
のちに中国の「山海経」の知識が入ってきます。当時の日本人は山海経に載せられていたものをみて、日本書紀に記載されていた怪物を「人魚」だと結びつけて考えるようになったのです。
時代が進むと、人魚は山海経の中の陵魚ではないかという解釈が現れます。時代を経るごとに人魚のイメージは変遷していき、江戸時代前期には私たちのイメージに近い「氐人」の姿が基本になっていきました。
さらに、近代に入ると西洋文化の影響を受けます。
特に大きかったのは、やはりアンデルセンの「人魚姫」のイメージです。この頃から、人魚といえば上半身が美女、下半身が魚というイメージが定着します。
人魚の正体はなんだったのか
ファンタジーのモチーフとして馴染み深い人魚ですが、日本を中心に調べてみるだけでもかなり奥深いことがわかります。
さまざまな歴史や人の想像力が絡み合い、現代へ繋がれていると思うと非常に面白いですね。
はたして人魚の正体はなんだったのか? 海を見ながら、その正体に思いをはせてみてはいかがでしょうか。
(サカナトライター:秋津)
参考文献・参考URL
九頭見和夫(2012)、日本の人魚像 『日本書紀』からヨーロッパの「人魚像」の受容まで、和泉書院
吉岡郁夫(1998)、人魚の動物民俗誌、新書館
高橋大輔(2025)、日本の人魚伝説、草思社