海底のマグマで熱せられた水が噴き出す極限環境である「深海熱水噴出域」は特異的な生態系を有しており、多数の固有種が生息しています。
海洋プレート境界に分布する熱水噴出域。固有種の中には、不思議なことに離れた熱水噴出域で同種が生息していることも少なくありません。これは、孵化した幼生が長距離分散するためと考えられています。
また先行研究では、幼生飼育や集団遺伝学的解析によって、一部の熱水性種が水深200メートル以浅まで遊泳し、成長・分散する可能性も示されています。しかし、幼生は観察や追跡が難しいことから、熱水噴出域に暮らす生物の個々の個体がどのような環境を経て生育しているのかは謎に包まれていました。
そうした中で、東京大学大気海洋研究所の矢萩拓也助教らの研究グループは、熱水噴出域で採集された貝類3種の殻を分析し、生育歴を復元しました。
この研究成果は「Science Advances」に掲載されています(論文タイトル:Gastropod shells record larval migration from deep-sea hydrothermal vents to the euphotic zone)。
離れた場所でも同じ熱水噴出域固有種がいる?
深海の熱水噴出域には化学合成細菌を基盤とした、特異的な生態系が形成されており、貝類や多毛類、甲殻類など640種を超える固有種がいるとされています。
化学合成生態系はプレート境界に存在する生態系ですが、数千キロも離れた根水域で同じ固有種が見つかることも少なくないようです。これは、浮遊期に熱水性種が幼生が分散するためと考えれれています。
一部の熱水種は浅海まで遊泳する
研究グループが過去に行った幼生飼育や集団遺伝学的解析では、一部の熱水性種が水深200メートル以浅まで遊泳し、そこで植物プランクトンを食べ成長、分散する可能性が示されています。
一方、幼生は小さいことから観察が難しくまた、記録計による追跡も不可能です。そのため、熱水性種の個々の個体が、どのような環境を経験し熱水噴出域に至るのか分かっていませんでした。
幼生の時の殻と変態後の殻を解析・比較
今回の研究は、小笠原近海および南太平洋の水深441~1975メートルの熱水域から得られた、シンカイフネアマガイ属のカサガイ3種を対象に行われました。
貝類の殻は、付加成長することから木や耳石などと同様に、経験した環境が記録されています。研究グループは、3種で浮遊期に形成される幼生殻が残っていることを確認。変態後に形成される後成殻と比較を行いました。
小笠原の海(提供:PhotoAC)酸素同位体比を解析した結果、幼生殻は水温16~22度の海水中で形成されたことが判明。この数値は表層の水温に近似するといいます。
また、熱水に多く含まれるバリウムが幼生殻からほとんど検出されなかった一方、後成殻では高濃度で検出されました。
これらのことは、すべての個体が表層まで遊泳し、植物プランクトンを食べ成長した後、熱水噴出域まで戻ってきたあるいは別の熱水噴出域からやってきたと考えられています。
熱水性種においても、表層の環境が大きな影響を与えていることが示唆されたのです。
海洋保護区設計にも貢献が期待される
今回の研究は、熱水噴出域の固有種の生育歴を個体レベルで復元した初めての事例となりました。
復元された生育歴から熱水性種においても、表層の水温や海流、植物プランクトンの量が進化や分布に大きな影響を与えていることが示唆されています。
この成果は深海鉱床の開発が検討されている現在、深海生態系の連結性評価や海洋保護区設計への応用が期待されています。
(サカナト編集部)