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20年間の採集活動で一度だけ出会えた魚<オグロテンジクダイ> 釣ったけど学名が無い?

筆者が高知県で魚の採集を行いはじめてから20年。

しかし、その長い期間のなかで、一度しか出会うことができていない魚がいます。

オグロテンジクダイもそのひとつです。

釣りの最中に“赤い魚”が流れてきた

2006年6月、高知県西部のとある港でのこと。

魚釣りをしていると、空が暗くなり次第に風も強くなってきました。そのせいか、波間にぷかぷかと海藻や枯葉、プラスチックごみなど、いろいろなものが海面を漂うように。

高知県の防波堤で釣りをする (提供:椎名まさと)

そんななか、魚の死骸も流されてきました。魚の死骸は全長5センチもないくらいでしたが、とても鮮やかな赤い色をしており、ちょっと離れたところから見ても目立つものです。

その後、風と波の力によって、防波堤のそばまで寄ってきていたので長い網を使って掬ってみると、テンジクダイ科の魚のようでした。種類まではわからず、おぼろげな記憶をたどり、インターネット上の魚図鑑で調べると「ハナイシモチ」という種のように思えました。

ハナイシモチであれば高知県からの記録もあり、この種である可能性が高いように思えたのです。

正体は<オグロテンジクダイ>

しかし、本当にハナイシモチでいいのかわからず、インターネットの魚図鑑サイトにある掲示板で詳しい方に問い合わせて見たところ、オグロテンジクダイと同定されました。

オグロテンジクダイ (提供:椎名まさと)

尾鰭の下葉が黒くなっているのが特徴で、ハナイシモチと見分けることができるようです。

種不明の魚が釣れたら現物を残そう

ちなみに、この魚図鑑サイトにはオグロテンジクダイの写真は一切掲載されておらず、そのためその図鑑サイトにも写真やデータの登録をしたのですが、それならばもっとしっかり写真を撮影しておけばよかったという後悔があります。

しかしその一方、入手した個体そのものを手元に残しておいていたために、各部位をしっかり撮影することができ、同定することができました。

オグロテンジクダイの尾鰭 (提供:椎名まさと)

最近は多くの人が釣った魚の写真を撮影し、SNSなどで問い合わせをしています。筆者のもとにも問い合わせが多く届くようになりました。

しかし、そのような問い合わせに応対した筆者が「これは珍しい魚〇〇だと思います。ですが同定するには、どこどこの部分の撮影が必要です。この個体はその後どうされましたか」と返信すると、残念ながらその後「魚がかわいそうなので逃がしてしまいました」という返ってくることも多々あります。

魚がかわいそうなのは理解できるのですが、逃がしてしまった魚が珍しい魚で標本を研究者が欲しがっているような種も多く、ちょっともったいないという思いもあります。

種がわからない、珍しそうな魚を釣ったときは、まず写真を撮影し、その個体をキープしておくのがよいでしょう。

オグロテンジクダイの学名で起きた混乱

オグロテンジクダイという標準和名は尾鰭の下葉が黒っぽくなっているところから来ているようです。

標準和名は安定していますが、この種の特徴をもった魚の学名には混乱がありました。

筆者が釣った当時は学名がなかった?

2006年当時、オグロテンジクダイはApogon fuscusという学名で図鑑などの書籍に掲載されていました。

JordanとSealeによる、サモアの魚類のチェックリスト(1906年)の中では、Amia fusca (Quoy and Gaimard))が図示されています(のちにApogon属に入れられ、Apogon fuscusとなる)。

その図は今でいえば明らかにオグロテンジクダイと同定されるものであり、それ以降多くの魚類学者が彼らにならいそのテンジクダイの特徴を持つ種にApogon fuscusという学名を用いてきました。

バンダイシモチ (提供:椎名まさと)

しかし、Apogon fuscusというのはApogon bandanensis(=Nectamia bandanensis バンダイシモチ)のグループと関連付けられるものであり、「JordanとSealeの同定は誤ったものである」とされたのです。

そして、このテンジクダイは100年もの間誤った学名で呼ばれ、さらに学名がなかったことが判明し、2007年に新種として記載されました。つまり、筆者が採集したときはまだ“名無し”の状態だったことになります。

新しくつけられた学名はApogon seminigracaudusで、種小名は尾鰭の半分が黒いというような意味です。長い名前ですが、見たまんまのわかりやすいものとなっています。

真のApogon fuscus

ちなみに「真のApogon fuscus」はその後どうなったかといえば、これまでApogon属の亜属のひとつであったNectamiaが属に昇格。Nectamia fuscaとなり、さらにホソスジナミダテンジクダイの学名とされてきたApogon nubilusNectamia fuscaの異名としました。

ホソスジナミダテンジクダイ (提供:椎名まさと)

つまり、現在はホソスジナミダテンジクダイの学名がNectamia fuscaとなっているのです。

属の分裂で再編も

全身が赤いテンジクダイ科の魚はその多くがApogon属に含まれています。

従来はApogon属の標準和名はテンジクダイ属とされ、この属はオグロテンジクダイをはじめ、オオスジイシモチ、コスジイシモチ、ネンブツダイ、クロホシイシモチ、カスリイシモチやクロイシモチ、さらにはイトヒキテンジクダイまで非常に多くの種を含むグループでした。

クロホシイシモチもスジイシモチ属へと移された (提供:椎名まさと)

しかし、やがてテンジクダイ科の再編に伴い、多くの「旧テンジクダイ属」魚類は別の属へと移されることに。

Apogon属にはオグロテンジクダイのほか、ハナイシモチや、アカネテンジクダイ、コミナトテンジクダイなど全身が赤いものが多く含まれ、属の標準和名もコミナトテンジクダイ属と変更されました。

そのため、現在Apogonをテンジクダイ属とするのは不適切です。

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椎名まさと

魚類の採集も飼育も食することも大好きな30代。関東地方に居住していますが過去様々な場所に居住。特に好きな魚はウツボ科、カエルウオ族、ハゼ科、スズメダイ科、テンジクダイ科、ナマズ類。研究テーマは魚類耳石と底曳網漁業。

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