日本は、国土面積に対する水族館の数が世界でも有数だという。そんな風土に違わず、“水族館ヲタク”と呼ばれる生き物たちが多数生息している国だ。
Dr.クラゲさんの名で活動を行うこの泉は、その水族館ヲタクの中でも最も深淵にいる人間の一人である。何せ、ただの水族館好きが高じて、生物学者として水族館と仕事をするようになり、いつしか水族館の集会にまでゲストとして呼ばれるようになってしまったのだから。
本記事では、そんな一人の学者兼水族館マニアの活動を紹介してみたい。
水族館の水槽で、新種が見つかる!?
次に示す、美しくも禍々しいイソギンチャクをご覧いただきたい。
チュラウミカワリギンチャクSynactinernus churaumi(撮影:泉貴人/撮影場所:沖縄美ら海水族館)このイソギンチャクは「チュラウミカワリギンチャク」という名前の種である。もうお分かりであろうが、沖縄美ら海水族館で展示されているイソギンチャクだ。
このイソギンチャクは、なんと、沖縄美ら海水族館にて15年間も飼育されたのち、新種と判明したという驚愕の経歴を持つのだ。
水族館の“裏側”にあたる、バックヤード。そこには、展示水槽と同じかそれ以上の規模を持つ、別の水槽がある。これを「予備水槽」と呼ぶのであるが、実はこの予備水槽こそ、超貴重な生物の生息地なのである。
展示水槽と比べると簡素な予備水槽(撮影:泉貴人/撮影場所:沖縄美ら海水族館)というのは、水族館では名前の分からない生物は、展示解説板が作りにくい都合、展示水槽に出しにくいからだ。そんな無名の生物の中には、往々にして新種が混ざっていたりするのである。
沖縄美ら海水族館の深海コーナーの予備水槽に、その謎のイソギンチャクが入ったのは2004年のこと。石垣島沖の無人潜水艇調査で採集されたが、イソギンチャクというのは本当に種の判別が難しく、かつ図鑑も碌なものがない。そんなわけで、“よくわからないイソギンチャク”として給餌しながら大事に育てるうちに、14年が経過していたという。
2018年、この泉(大学院の博士課程の頃である)が噂を聞き付け、研究で沖縄美ら海水族館を訪れた。予備水槽で本種を見たところ…どう見ても、既知の種ではなかった。標本を作製し、研究室で形態やDNAを分析した結果、本種はめでたく新種であると判定されたのだ!
そうとなれば、論文化して名前を付けてやらねばなるまい。翌2019年、Synactinernus churaumiという学名(世界共通の名前)とともに世界に報告された。そして和名(日本で使われる名前)はチュラウミカワリギンチャクとなり、学名とともに発見された水族館の名前が入ったのである。
“水族館の水槽から、新種が見つかった”というニュースは、実にセンセーショナルに受け止められた。
その封切りとともに、チュラウミカワリギンチャクは沖縄美ら海水族館から大々的にPRされ、予備水槽から展示水槽にデビューした。
複数の模様替えを経て、今では深海大水槽の目立つ場所にて、複数の個体がお花畑を形成している。SNSを見ていると、「美ら海水族館の名前のついたイソギンチャクを見た!」という投稿もあり、時にはグッズになったりもしているらしい。
深海水槽の一角に咲き誇るチュラウミカワリギンチャク(撮影:泉貴人/撮影場所:沖縄美ら海水族館)水族館の水槽から見つかる新種。それが沖縄を代表するイソギンチャクまで羽ばたいた!…尤も、イソギンチャクに羽はないけどな。
新学問「水族館生物学」の提唱
実は、チュラウミカワリギンチャクの発見の論文には、もう1種取り上げられたイソギンチャクがいる。
それは、クローバーカワリギンチャクという種である。チュラウミと同属なのだが、この種類も沖縄美ら海水族館の予備水槽に10個体以上飼育されていた。
この種は、100年以上前の1918年、論文にたった1匹のイソギンチャク標本をもとに新属新種として書かれた。
それからの記録は一切なかったので、100年間以上、世界中で1匹しか記録されていなかったこととなる。それが10匹以上も、生きた状態で水槽にいた。これが如何に貴重なことか、何となく分かったのではなかろうか?
当然だが、100年前の記録に写真など載っていないし、DNAのデータもあるはずがない。それらのデータを新たに取得することで、クローバーカワリギンチャクに関しても記述する重厚な論文を仕上げることができた(なお、その時にこの和名を提唱した)。
さらには、泉がチュラウミ・クローバーの属するグループである「カワリギンチャク類」の研究をするにあたっては、魚津水族館(富山県)・竹島水族館(愛知県)・鳥羽水族館(三重県)・串本海中公園(和歌山県)・九十九島水族館海きらら(長崎県)・いおワールドかごしま水族館(鹿児島県)と、非常に数多くの水族館から標本提供を頂いている。
カワリギンチャク類(提供:泉貴人)カワリギンチャク類は海の深場に棲む種である以上、入手の機会が限られているのだが、なぜか水族館には比較的多くの個体が確保されている傾向にある(これは、漁師の網に引っかかることが多いためである)。
生きた個体はより鮮明な体の構造や色を観察できるうえに、解析のためのDNAを採ることができる。
死んだ標本ではわからない、生きているイソギンチャクから情報を得る機会を水族館が与えてくれたことで、研究が非常にスムーズに進んだわけだ。
ここまででお分かりであろうが、水族館において、非常に貴重な生き物が人知れず保存されている可能性があるのだ。ここで読者の皆様に考えてほしい。貴重な資料を保管する施設と言えばどこだろうか?
……そう、博物館である!
博物館の身上とは、歴史的に価値のある資料・理科的に貴重な生物や岩石の標本などを保存すること。……であるならば、水族館や動植物園は「生きたものを資料にする博物館」と言えないだろうか?実際、動植物園・水族館は博物館法において広義の博物館とされている。
国立科学博物館にある、日本最大級の標本庫(提供:泉貴人/国立科学博物館 動物研究部在籍時に撮影)一昔前からレジャー施設としての側面が強くなり、研究施設としてのカラーが薄くなった水族館であるが、最近、その学問的価値が見直されつつある。
先ほどまで語ってきた「分類学」はもちろん、生き物の生きざまを観察する「生態学」、行動や振る舞いを調べる「行動学」、卵や子供の頃を解明する「発生学」など、今日において水族館が研究のパーツとして重要な位置を占める研究は非常に多岐にわたる。
さらには、先ほど記した“生きた資料”の維持により、貴重な生物の保護保全に一役買っている園館も多いというのだから、そのポテンシャルは無限大といっていい。
以上のような、各生物学分野における水族館の高い価値。泉は、これが各研究者と水族館の個々の活動にとどまっていることが勿体ないと思っている。
水族館がまさに「研究をつなぐハブ」としての役割を果たすなら、俺はその水族館をつなぎ、上記のような水族館と研究者の活動を一つの学問分野として大々的に売り出したいのだ。水族館と研究者の密な連携は、まさに最強の“産学連携”ではないか。
宣言しよう。その新学問体系の名を、「水族館生物学」とする。
新しい学問分野なんて、言ったもん勝ちだからな。この泉が水族館生物学の提唱者であり、旗頭だ。これから連携して研究しようとする水族館の方および研究者諸君は、この分野をどんどん広めてくださいね。広めるたびに私の株が上がっていくので(笑)
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