日本最大の湖である琵琶湖。
かつて、この湖に優占していた夏季プランクトンに「ビワコツボカムリ」という、有殻アメーバの1種がいます。
本種は1918年に新種記載されており、琵琶湖固有種と考えられていました。しかし、2005年に中国のムーラン湖からもビワコツボカムリが発見されたことで、本種が中国にも生息していることが後に判明しています。
こうした中で、法政大学自然科学センター・国際文化学部の島野智之教授と滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの一瀬諭博士はビワコツボカムリについて、琵琶湖産とムーラン湖産の個体群を比較。両者に有意な形態差異があることを発見しました。
この研究成果は『Journal of Protistology』に掲載されています(論文タイトル:New Subspecies of Difflugia biwae Kawamura, 1918 (Amoebozoa: Tubulinea: Arcellinida) from Lake Mulan, China)。
ビワコツボカムリ
日本最大の湖である琵琶湖には独自の生態系が形成されており、琵琶湖固有の生物も少なくありません。
琵琶湖(提供:PhotoAC)ビワコツボカムリ Difflugia biwae は1918年に、淡水生物学の基礎を築いたと言われる川村多實二博士によって、新種記載された有殻アメーバの1種です。
本種は、有殻アメーバとしては大きく、全長は最大で約0.38ミリメートル。細長いラッパ状の殻に長い一本の突起を持つことが特徴とされ、この形質から同定は容易だといいます。
また、ビワコツボカムリは琵琶湖以外の湖沼から確認されていなかったことから、琵琶湖固有種と考えられていました。
生きた個体は40年以上見つかっていない
滋賀県水産試験場と旧滋賀県立衛生環境センターによる111年による定期的調査では、1960年代の夏においてビワコツボカムリが琵琶湖に優占する夏季プランクトンの優占種になっていたといいます。
しかし、1970年代から個体数が徐々に減少。1981年10月9日の記録を最後に、生きた個体は発見されていません。
現在、湖底にはビワコツボカムリの殻が堆積しているものの、生体は見つかっておらず、2020年版滋賀県版レッドデータブックにも絶滅危惧種として掲載されています。
ムーラン湖からの発見
長年、琵琶湖から記録のないビワコツボカムリですが、なんと2005年に中国のムーラン湖から発見されています。つまり、ビワコツボカムリが琵琶湖の固有種ではない可能性が示されたのです。
さらに時は流れ、2021年には琵琶湖環境科学研究センターの一瀬諭研究員、鹿児島大学 の坂巻祥孝准教授、法政大学の島野智之教授は、103年ぶりとなるビワコツボカムリの記載を行いました。
1918年の川村多實二博士によるビワコツボカムリの記載は簡単なスケッチのみで行われ、命名規約上必要なタイプ標本が指定されていません。そこで、研究グループは琵琶湖産の新たな標本を新たなタイプ標本(ネオタイプ)として指定すると同時に、形態的特徴を詳細に調べ再記載したのです。
さらに、琵琶湖とムーラン湖の個体群の比較も行い、両者が別種である可能性も見出しました。
また、この研究ではビワコツボカムリとビワツボカムリ(転記ミス)で混同されている本種の和名を、オリジナル表記のビワコツボカムリに戻すことも提案されました。
ビワコツボカムリは日本の固有亜種
今回の研究では、琵琶湖産とムーラン湖の個体群について、殻の全長・体長・突起長などの計測形質を詳細に解析。
その結果、両者に系統的に有意な形態的差異があることが認められています。
これにより、ムーラン湖産の個体群を新亜種 ムーランツボカムリ Difflugia biwae junyangi Ichise & Shimano, 2026 として記載。亜種名の“junyangi”はムーラン湖の個体群を報告したJun Yang博士への献名となっています。
また、琵琶湖産の個体群は基亜種 Difflugia biwae biwae として区別され、日本固有の亜種として保全上の独自性が示されました。
固有性は保全の上でも重要
今回の研究によって、琵琶湖の個体群とムーラン湖の個体群との間で系統的に有意な形態的差異が認められ、後者は新亜種として記載されました。同時に、ビワコツボカムリが日本固有の亜種であることも明確になっています。
この成果は、琵琶湖の個体群の独自性を示し、ビワコツボカムリを独自に保全する必要があることを、分類学的な根拠で提示するものとなりました。
(サカナト編集部)